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No.60 安全在庫を通してみる在庫理論の欠陥

前回は「安全在庫計算式誤り説」に反応してしまいました。実は、私も安全在庫を考えるとき、もやもやとした疑問というか、居心地の悪さを感じておりました。「ディメンジョンが合わないから安全在庫計算式は誤りだ」、ごときの稚拙な話ではありません。現在の安全在庫を支える在庫理論は、どこか蝶番が外れたというか、建付けが悪いというか、奇妙な軋み音を発しているような、、身になじんだ言葉で言えば、どことなく“いずい”んです。

(“いずい”を説明するいい日本語がみつからないんですが、いつだったか、外人さんに“uneasy”って言ったらわかってもらえました。イーズィではないことはイズイんです、、)

この“いずい”原因は何なのか、辿っていくと、結構中身の深いお話になります。発注点方式を例にした、“いずい”話に、いっとき、お付き合いのほどを、、。

発注点を決める計算式は、

   発注点=補充期間の平均需要+安全在庫

anzenzaiko_shiki

√の中は、納入リードタイムとか補充時間とか、時間の単位を連想させる表現が普通ですが、ここでは、珍説再発防止のため、「単位時間に対する補充期間の比率」としておきました。

例えば、先々の需要予測では受注量が50%増加する(1.5倍になる)見込みだとします。欠品率をこれまでと同程度にするために発注点を上げたいのですが、このときサイクル在庫を1.5倍して、、、そして、安全在庫はどうしますか?

そのままですか? 
「うーん、そのままでいいんじゃない、、いや、いや、、ちょっと待って」 
やっぱり、増やしますか? どのぐらい? 1.5倍? 
「そーんなにはいらないかなぁ、、。1.2倍ぐらい?」
その根拠は? 
「うーん??、、勘と経験、、」

需要が増える場合(減る場合でもいいんですが、ここでは説明を簡単にするため増える場合を考えます)、発注点を上げなければならないのはわかるのですが、安全在庫はどうすればいいんでしょうか。安全在庫の式をみても、「単位期間需要量の標準偏差」も「安全係数」も「補充期間」も、需要が増えた場合どうするかは書いていません。少なくても安全係数と補充期間は同じ。標準偏差はどうなるのか? 計算式では需要増加の項はないし、、。

一番ありそうな話は、「標準偏差は変わらず」、従って、安全在庫も同じ。と、お考えの方が多いのではないかと思います。しかし、経験者の中には、安全在庫もすこしは増やしておいた方が良い、と思う方もおられると思います。

具体的に数値を使って考えてみましょう。

[問題A]
ある商品の平均販売数が100(個/日)、その標準偏差は10個。来月から販売地域をその周辺に広げ、来客数倍増、販売数量を2倍にする計画が実行されます。客は1人、1個しか買わないことにします。周辺地域もこれまでの販売地域と同じ需要構造、つまり需要の母集団は同じだとしましょう。在庫の補充期間は5日として、これで発注点を計算してみます。

<現在の発注点>
補充期間5日間の平均需要量=100(個/日)x5(日)=500(個)
安全在庫=10(個)x3(安全係数)x√5≅67(個)
発注点=500(個)+67(個)=567(個)

来客数2倍<回答例1>
補充期間5日間の平均需要量=200(個/日)x5(日)=1000(個)
安全在庫=10(個)x3(安全係数)x√5≅67(個)    安全在庫はそのまま
発注点=1000(個)+67(個)=1067(個)

来客数2倍<回答例2>
補充期間5日間の平均需要量=200(個/日)x5(日)=1000(個)
来客数が200人/日となり、平均販売数量が200個/日となるので、その標準偏差は、
√200≅14となる。従って、安全在庫は、
安全在庫=14(個)x3(安全係数)x√5≅94
発注点=1000(個)+94(個)=1094(個)

回答例1は、安全在庫の式に忠実に従ったつもりで計算した場合。回答例2は、来客数が2倍になったなら分散も2倍になるはず、という考えで計算した結果です。発注点は1067(個)と1094(個)とあまり違いがないようですが、安全在庫だけを比べると67(個)と94(個)。94(個)を基準とすれば、67(個)の安全係数は2.1となっちゃいます。これは大きな差ですよね。正解はどれかって? 回答例2です。

こんな場合はどうでしょう。
[問題B]
では、通常1個しか買わない商品を2つ買ったら割引をするというキャンペーンを行って販売数量を2倍にすることにします。簡単にするために来客数の増加はないことにして、来客全員が2個買うとしましょう。発注点はどうなりますか?

このような問題に対して、安全在庫の計算式を使うと、“いずい”なぁと感じるわけです。現在の在庫理論では来客数(受注件数)と1人が買う数量とを識別していませんので、販売数量が同じであれば安全在庫の大きさも同じということになってしまいます。でも、直観的には、違うなぁ、と。でも、どうしようもない。だから、“いずい”んです。

来客数と客1人ひとりの購入数を分けて需要量を算出する式を紹介しましょう。補充期間の来客数の平均をN ̅、その分散をVn、客1人の平均購入数量をQ ̅、その分散をVqとして、その間の注文量(受注量、需要量)の平均D ̅、および分散Vdは次のようになります。

DQN

Vd

意外と簡単でしょ。この式の導き方は、「STIC発注方式」の第2章、または、在庫流動管理の基礎をご参照ください。

この式で解いてみます。
[問題B]<回答例>

Q2、Vq=0、N100Vn100

補充期間5日間の平均需要量 D1000

分散 Vd400

標準偏差 Sd20

anzenzaiko135

hacyuten

客数が増えたときの安全在庫は94個、1人の購入数が増えた場合は135個。客数が増える場合と1人の購入数が増える場合とでは安全在庫の大きさが異なる、、んですね。

では、別の問題を考えてみます。

[問題C]
T社はP社に部品Wをかんばん納入しています。平均納入数は100個/月。かんばん1枚での納入数は10個。納入指示は1日前、製造リードタイムは5日、見込生産を行っています。納入指示の来るタイミングはばらつき、従って1カ月の納入回数もばらつき、平均10回、その分散は2.5。来月から納入数が200個/月に増えるとの内示がありました。納入方法について、以下のどちらを採用してもよいと言われました。
  *1回(かんばん1枚)の納入数を20個とする
  *1回の納入数は10個のままで、納入回数を増やす
他の部品は毎日納入しているので、この部品の納入回数を増やしても費用増加はないものとします。また1カ月は20日とします。どちらの発注点が低いでしょうか。

<現状>

Q10、Vq=0、N10、Vn=2.5

1カ月間(20日)での平均受注量は、10x10=100
製造リードタイム;5日での平均受注量D、分散Vd、標準偏差Sdおよび発注点は、

D25

Vd250

Sd15

anzenzaiko24

hacyuten49
(少数点以下は切り上げ)

<納入回数を増やす場合>

D50

Vd500       (分散も2倍になり、Vn=5となります)

Sd22

anzenazaiko34

hacyuten84

<納入数を20個にする場合>

D50

Vd1000

Sd31

anzenazaiko48

hacyuteb98

納入回数を増やした場合の安全在庫は34個、発注点は84個、1回の納入数を10個から20個にした場合の安全在庫は48個、発注点は98個、ということになります。多頻度納入がいいとか、1個流しがいいとか、の理論的根拠ですね。誤解のないように付け加えておきますが、ここでの発注点は実在庫ではなく、(工程仕掛+在庫)の数量です。念のため。

さらに、お気を留めていただきたいことがあります。それは、式の√の中です。5/20=0.25 と、小数かつ1未満です。√の中は日とか月とかの時間の単位ではなく、標準偏差を求めたときの時間に対する補充期間の比率ですから、小数でも特に問題ないことは前回申し上げた通りです。もうひとつ付け加えたいのは、1未満であることです。何を意味するかと言いますと、標準偏差を求めたときの期間に対し補充期間が短いことを意味します。ここでは、月間の平均納入回数が10回、その分散が2.5のデータの集計期間は月間(20日)であるのに対し、納入リードタイム(ここでは製造リードタイム)は5日です。月間の平均、分散のデータで5日間での平均と分散を算出できるということです。但し、集計期間が長くなると、データ数が少なくなり、サンプリング誤差が大きくなりがちですので、お気を付のほどを、、。

検討結果をまとめますと、表1のようになります。問題は3つでしたが、内容で2つ(水色とピンク)にまとめています。

hyo_anzenzaiko

表1 事例検討結果まとめ

ポイントは、需要が増えるとき、安全在庫はどのようになるのか。需要が増える場合、客数(受注件数)が増える、1人当りの購入数量(1件当りの受注数量)が増える、両方が同時に起きる、の3通りが考えられます。現在の安全在庫の計算式では、この3通りの増え方をどのように反映させたらいいのか、よくわからない。これを“いずい”と表現したわけです。

安全在庫を切り口に、在庫理論の骨組みを調べてみました。安全在庫の計算式が問題なのではなくて、問題なのは今の在庫理論。件数と量/件の識別なしに需要量を捉えていることが、在庫理論の体系を歪めているんですね。さらに忌々しき事は、この事実にほとんど気づくことなく、自己流でもっともらしい方策、方式がぶち上げられ、ゆがんだ情報がとめどもなく拡散しちゃっていることでしょうか。

注記)
在庫理論の欠陥を安全在庫という切り口で説明するために発注点を引き合いに出しましたが、STIC定量発注方式では需要をトリガーにするため、「発注点」そのものがありません。詳しくは「STIC発注方式」または、在庫流動管理の基礎をご参照ください。