東大医学部の不祥事
昨年(2025年)の11月に東京大学医学部・整形外科の松原金宏准教授が逮捕・起訴されたというニュースが流れました。医療機器選定で業者から賄賂をもらってたとか。今年に入って1月24日、今度は、東京大学大学院・医学系研究科・佐藤伸一教授が収賄容疑で警視庁捜査2課に逮捕された、というニュースが、、。
藤井輝夫総長が謝罪記者会見を行いました。そこで、独自の学内調査の結果、倫理違反が少なくとも22件、うち高額接待に関する事案が複数件存在することを明らかにしました。
単発の事件ではない組織的な問題があるようです。「このような不祥事がなぜ起きたのか」という記者の質問に藤井総長はこんなふうに応えています。
医学部の場合は、診療科、研究科単位で活動している。それらの壁が非常に高い。相互に隣の部屋で何をしているのか見えにくい閉鎖性という組織風土がある。もうひとつは、ヒエラルキーが強い。おかしいんじゃないかと気がついても声を上げにくい。
で、ちょっと、引っかかりました。引っかかったワードは・・・「壁」。「壁」って、前回のブログにも出てきました。でも、ただの「壁」ではなくて、「バカの壁」。
「バカの壁」とは養老孟司氏の著書。知識や経験のフィルターであり、他者や異なる価値観を受け入れない自己中心的な「心の壁」が「バカの壁」だ、と。解剖学者として観る人体の“理”と人間が自然を感じ表現する“文”との関係をわかりやすく説いたと言われています。
養老孟司氏が医学部教授として研究、教職を務めたのが東京大学。不祥事の舞台も東大医学部。単なる偶然でしょうか・・・?
総長の説明が気になります。
「組織間の壁が非常に高い」
「閉鎖性という組織風土がある」
組織風土なんていうのは、きのう、きょう、出来上がったものではありません。それなりの年月を要しているはず。養老孟司氏が現役のころもそうであったのでしょうか。東大医学部の組織風土が作り出した「組織間の壁」と、養老孟司氏の「バカの壁」という表現に何らかの関係があるのかもしれません。
論理破綻した「生産システムの進化論」が受け入れられている
「生産システムの進化論」には論理的・致命的欠陥が存在し、実態のない妄論である、と述べてきました。致命的欠陥をより具体的に言えば、
設計→生産→販売の流れを「モノの側面を捨象」し、「情報システム」と抽象化した
ことです。そのことにより、
物理現象が複雑に絡み合う実際の生産ラインの動き(流れ)を記述できなくなった
にもかかわらず、生産ラインで最も重要な特性である「流れの良し悪し」を「生産リードタイム」という「時間」で評価していることです。
ところが、です。論理破綻したこの妄論が、世の中では、“ポジティブ”に受け取られました。藤本隆宏教授が所属していた組織学会は、「生産システムの進化論」出版の翌年(1998年)に学会賞を授与したのです。受賞理由を調べてみると、こんなのが、、、。
「生産システムの進化論」に関する学会賞受賞の理由は、藤本隆宏教授が日本の自動車産業をトヨタを題材に、ジャストインタイムや自働化といった狭義の生産方式だけでなく「トータル・システム」として捉え、組織の進化能力を実証的に分析したことにあります。この研究は、組織のルーチン的能力やメタ能力を構築する方法を示し、進化論の枠組みを用いて生産システムの多様性を考察しています。
ポイントをまとめますと、こんな感じでしょうか。
- 自動車産業を狭義の生産方式だけではなく「トータル・システム」として捉えた
- 組織の進化能力を実証的に分析した
- 組織のルーチン的能力やメタ能力を構築する方法を示した
- 進化論の枠組みを用いて生産システムの多様性を考察した
組織学会の評価ポイントのキーワードは“組織”。組織学会だから組織をキーワードにして分析したのでしょう。違和感を覚える人は、ほとんど、いないでしょう。
設計→生産→販売の流れを「モノの側面を捨象」し、「情報システム」と抽象化したとき、
「情報システム」を流れる情報は「設計情報」。その設計情報を素材に転写するのが生産、転写されて出来上がったのが製品・・・これを藤本隆宏教授は「設計情報転写論」と呼びました。それまで“油くさい”という雰囲気の強かった“現場のものづくり”が、スマートで先進的な仕事だというイメージで塗り替えられる、とさえ思われました。もちろん、致命的欠陥が表面化することもなく、「設計情報転写論」は藤本教授の代名詞となりました。
その後2004年4月に東京大学に文部科学省が推進する「21世紀COE(Center of Excellence)プログラム」の一環として、東京大学大学院経済学研究科に「ものづくり経営研究センター」が設立されました。センター長は藤本隆宏教授。
21世紀COEプログラムは、「大学の構造改革の方針」に基づき、2002年から新たに開始された文部科学省の研究拠点形成等補助金事業です。日本の大学に世界最高水準の研究教育拠点を形成し、研究水準の向上と世界をリードする創造的な人材育成を図るため、重点的な支援を行うことを通じて、国際競争力のある個性輝く大学づくりを推進することが目的だ、と。
2008年10月からは、経済学研究科に「経営教育研究センター」が附属施設として設置、その傘下で「ものづくり経営研究コンソーシアム」と「ものづくりインストラクター養成スクール」を運営することになりました。
1990年代初めのバブル崩壊をきっかけとして始まった日本のものづくりの停滞が、10年、20年、そして30年といつ終わるともなく、、。かつては“ものづくり大国”ともてはやされたころの “ものづくり論” が機能しなくなったことを認識しながらも、その突破口は見つからず、閉塞感が漂う日々が続きました。そんな中で、「設計情報転写論」をベースにした “ものづくり論” は、従来のそれとは異なり、組織論、進化論といった広い時空間を見渡した論理展開から紡ぎ出され、スマートで洗練されたイメージを漂わせていました。先の見えにくいものづくり業界に “一筋の光明” が差したと感じた人も多かったのではないでしょうか。
藤本教授は、転写の速度・密度・精度で産業現場の競争力は決まるとする「設計情報転写論」の基本理論は、生産工場だけではなく、小売り、医療現場、種々のサービス業などの非製造業にも通用するとし、「広義のものづくり」論を展開しています。さらなる普及を図るため、藤本教授は東大に在籍中の2013年、一般社団法人「ものづくり改善ネットワーク」を設立しました。東大退職後、東大経済学研究科から「ものづくりインストラクター養成スクール」の運営を引き継ぎ、現在も継続中です。
藤本隆宏教授が犯した救済不可能な致命的誤謬
「設計情報転写論」で藤本教授が犯した論理的誤謬は、「生産システム」を「モノの側面」を捨象して「情報システム」と抽象化したことが起因となっています。複雑なこの世の現象を理解しやすいようにするため、注目する現象を浮き彫りにして抽象化しモデル化することは常套手段です。そのときモデルを劣化させるような要素を捨象(排除、無視)します。ですから、「生産システム」を「モノの側面」を捨象して「情報システム」と抽象化したことには特段の違和感はありません。
「モノの側面」を捨象した「設計情報転写論」を適用するとき、物理的要素、例えば、時間とか重さ、縦横高さの大きさ、動きの速さ、、などは無視されます。もちろん、物理的要素の影響の程度が本論に重大な影響を及ぼさないことが確認されていればその限りではありません。
藤本教授が「設計情報転写論」で主張したのは、「良い流れの実現」。具体的にいえば「生産リードタイムの短縮」。「生産リードタイム」というのは生産ラインに素材(原材料)を投入してからラインアウトして完成するまでの時間。時間という物理量です。捨象したはずの「モノの側面」、この場合時間という物理次元を「設計情報転写論」の目的物理量として使っているんです。これは、完璧な「論理破綻」です。救済の余地は“皆無”です。
妄論が生まれ、育つ背景に迫る
致命的欠陥のある「設計情報転写論」をベースにした“ものづくり論”が世に広まることを“良し”と考える御仁はいるでしょうか。物理現象が複雑に絡み合う生産ラインの改善を、物理特性を捨象した「設計情報転写論」で説くという愚行を行っているのは、先進国の中では日本だけであることも、この問題の深刻さを深めているように思われます。
最近明るみに出た東大医学部の不祥事の背景と、致命的欠陥が内在する「設計情報転写論」に依拠した“ものづくり論”を喧伝する元東大教授の愚行の背景には、何らかの共通性があるのではないか。東大の不祥事の背景にあるものは、「組織間の壁」と「閉鎖性」だ。「組織の壁」という「バカの壁」に囲まれた「閉鎖性」が不祥事の背景にあったのなら、学部は異なるが、同様に「バカの壁」に囲まれた「閉鎖性」の中で「設計情報転写論」という妄論が見過ごされ、それをベースにした“ものづくり論”が、今なお、垂れ流し続けられている、、、。
これほどまでに“デタラメ”な“ものづくり論”が生まれ、生き延びているのはなぜか?
どうしても、この疑問に応えなくてはならないでしょう。その手掛かりとなりそうなキーワードはいくつか、出てきました。
進化論、事後合理性、バカの壁、組織の壁、閉鎖性、、、
これらのワードをたどっていけば、問題構造が解き明かされるのか、定かではありません。が、らしきものはみえてくるかも、、、。
しかしこれらのキーワードで疑問を解こうとする前に、藤本教授の基礎的な専門知識のレベルをチェックしておく必要がありそうです。特に、科学、物理学、工学、数学などの理工系の基礎知識のレベルが気になります。
実は、前々からそう思っていましたので、藤本教授に直接メールで質問してみました。最初は“軽くあしらわれていた”感もありましたが、「設計情報転写論」の根幹をつく質問をすると、藤本教授の説明の筋が揺らぎ、乱れはじめ、「技術・生産管理のプロセス分析」を専門とする東大教授にしてはあるまじき“頓珍漢”な説明となってきました。
「設計情報転写論」についての世に出回っている評論はほとんどすべてが“ポジティブ”なもので、“論理的欠陥”を指摘した例は、私のブログ意外に今のところ、見当たりません。「設計情報転写論」には致命的な欠陥があると指摘する私と、藤本教授の直接の意見交換が、どのようなものだったのか。実態を知っていただくために、お役に立つのではないかと思い、意見交換の実録を公開することにします。先にブログ「藤本隆宏教授との意見交換」でもポイントになる部分は開示しておりましたが、今回は全実録を開示し、その実態を再確認しておきたいと思います。
――以下、藤本教授とのメールでの意見交換実録ですーー
藤本教授とのメールでの意見交換実録
期間;2023年6月23日~7月24日 記録編集;佐々木俊雄
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2023年6月23日;佐々木→事務所→藤本教授
生産管理、工場管理について勉強中の佐々木俊雄と申します。ご著書の「生産システムの進化論」を拝読しております。理解を深めるため教えていただきたいことがございますので、メールをさせていただきました。
質問内容
p366
現段階でも見通しとしては、進化能力の実態は、競争力に関して組織成員が共有するある種の「心構え」(preparedness)であろうと筆者は考えている。
p367
それでは、そうした「心構え」はどこからやってくるのか。おそらくは組織文化の問題であると考えられるが、これに対する確たる答えはまだない。
とあります。1997年の執筆から25年ほど経過しております。その後、「心構え」に対する答えは明らかになったのでしょうか。また、進化能力の組織内メカニズムの実態の解明は進んでいるのでしょうか。
ご教示頂ければ幸甚です。
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2023年6月30日;佐々木→事務所→藤本教授、
藤本先生からはまだご返事はいただいておりませんが、ご著書を読んでいるうち、また、わからないところが出てきましたので、質問させていただきたいと思います。
先生への転送をお願いします。 佐々木俊雄
~~~以下、藤本先生への質問~~~
教授 藤本隆宏様
ご著書「生産システムの進化論」を読み返して、勉強させていただいております。わからないところがありますので、質問させて頂きたく、お願いいたします。
34ページの図2-3 要素生産性と生産リードタイム(概念図)に、
労働生産性=1/(情報発信スピード×情報発信密度)
生産リードタイム=1/(情報受信スピード×情報受信密度)
とあります。“工場(生産ライン)で最も重要な「労働生産性」と「生産リードタイム」を「転写スピード」と「転写密度」で表すことができる”という説明は、私にとって斬新で且つ有効な知見となります。現場の問題解決に利用できるのではないか、と思ったりしているところです。
製造現場では稼働率(設備稼働率、作業者稼働率、、)と納期遵守率をできるだけ高くするように管理、改善を行っております。納期遵守率を高くするためには「生産リードタイム」を短くする、「労働生産性」を高くするためには稼働率を高くする、ということだと思うのですが、稼働率を高くするためラインへの投入数量を増やすと、工程仕掛が増えて「生産リードタイム」が長くなってしまいます。工程仕掛を減らし「生産リードタイム」を短くしようとラインへの投入数量を減らすと稼働率が下がってしまいます。そのため、稼働率も納期遵守率も中途半端な状態で推移しているのが現状です。
この状態を改善するために「転写スピード」と「転写密度」の考えを使えるのではないか、と期待しているところです。しかし、具体的にどうすればいいか、まったく見当が付きません。
「転写スピード」と「転写密度」の考えをどのように使えばいいのかのヒント、事例などございましたらご教示頂きたくお願い申し上げます。
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2023年6月30日;藤本教授→佐々木、
添付資料;seizo_trend提出完成稿+yt.pdf
藤本です。「生産システムの進化論」をお読みいただきありがとうございます。4半世紀前の本ですが、主張するポイントは変わっていません。
トヨタ自動車の進化能力は、例えば東日本大震災(サプライヤーシステム全体の把握に時間を要し反省)後の、サプライチェーンデータベース構築(例えばRESCUE)などにも表れており、新しいルーチンの創発的構築能力は概して健在といえます。
確定的なこと言えませんが、科学的な問題解決サイクルあるいは改善サイクルがマインドセットとして浸透しているような企業は、あらゆるルートで仮説構築を行う傾向がある点で、進化能力の存在との親和性が高いと思います。とりあえずこのような見解です。藤本
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2023年7月3日;佐々木→藤本教授、
関連資料の添付、ご説明、誠にありがとうございます。時代背景を通してみると日本のものづくりの特徴が鮮明になり、理解が進みました。
ご著書「生産システムの進化論」を読むきっかけは、「トヨタ生産システムが容易に他社の模倣を許さないのはなぜか」という問題意識からです。
特に気を引いたのは、競争能力分析の枠組みに「情報・知識システムのアナロジー」を用いていることです。「メディア」と「情報」で、コンセプト創造から製品開発・・・設計・生産・販売・・・の流れ全体をよどみなく記述できることに驚きました。
さらに、製造現場では最も重要な管理指標である「生産性」と「生産リードタイム」を、「転写スピード」と「転写密度」という情報転換時間(時間比)を用いて、これまたシンプルな数理モデルで記述できる、としていることに興味をそそられました。
知りたいと思ったことは二点、ございます。
ひとつは、このアナロジー(「情報・知識システム」+「数理モデル」)を製造現場で発生する問題解決に役立てられないか。もうひとつは、生産システムの進化を分析する上で、このアナロジーがあったからこそ発見できた知見はどのようなことか、です。
添付していただきましたペーパに次のような件があります。
当然、製品に最適化した多品種の部品を様々な生産ロットで作りますから、生産ラインも多くは「変種・変量・変流」という複雑な流れになるでしょう。複雑な分岐・交流を繰り返す工程は、ちょっと稼働率が上がると、週末の高速道路同様、すぐに「仕掛品の渋滞」が発生して、納期やリードタイムが長くなってしまう。
私の経験でも、多くの工場でこのような問題を抱えています。「転写スピード」と「転写密度」で「生産性」と「生産リードタイム」を記述する数理モデルに「渋滞」を何らかの方法で組み込み、その数理ロジックで解決の方向を探れるのではないか、のような妄想をしたりしております。
また、このようなアナロジーで生産システムを分析する例は、あまりみたことありませんが、本分析結果にどのような特徴が出てきたのか、にも興味がそそられます。具体的な事例があればご紹介いただきたくお願い申し上げます。
不躾なお願いで恐縮ですが、ご指導を受け賜ることができれば光栄です。
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2023年7月4日;藤本教授→佐々木
拝復、藤本です。貴信拝受、私の著作などをように非常に正確にお読みいただきありがとうございます。ご指摘は、まさに理論的・実践的なポイントだと思います。
ソニーのご出身とお聞きしましたが、金辰吉さんは同年齢で懇意です。また、現在「工場史」と言う本を編集中で、そこでは、美濃加茂工場や中新田工場も取り上げます。
さて、ご質問の件ですが、生産とは、設計情報の転写であるというアイディアは、三菱総研で産業調査をやっていた1980年代前半の思いつきで、現在もこれがものづくり経営学の中心概念となっています。
その後、1984年に大野耐一さんから長時間お話を聞く幸運を得ました。この時に、リードタイムに占める付加価値作業時間(正味作業時間)の比率(私の言葉で言えば受信密度)は 200分の1 (0.5%)なら上等、平均すれば2000分の1 (0.05%)、それ以下はさすがにだめだとお聞きして、そんなに低いのかとびっくりしました。これは、トヨタ流の「ものと情報を流れ図」の下のほうに出てくる時間流れ図ですが、計算上は、ご指摘の通り、この数字が10倍になれば、リードタイムは10分の1になるわけです。非受信時間の大半は在庫時間ですから、これはジャストインタイム思想の基本になる計算式と言うことになります。
発信側の設計情報転写密度は、大抵10分の1以下だと言うことでした。例えば、私たちと連携して改善活動やっている電子回路工業会では、改善前の現場の発信側転写密度は平均7.5%でしたが、改善後は平均15%になり、物的労働生産性は計算式通り約2倍になったそうです。トヨタの組み立てラインはおそらく密度が世界最高レベルですが、それでも25%位と聞きます。残りは、付随時間(歩行時間等) 50%ぐらいとムダ時間(手待ち時間等) 25%ぐらいと聞きます。
こうした設計情報転写密度の低さが、「改善に限りなし」の信念に対する計数的根拠となります。根性論ではないわけです。
実際、私は、東京大学ものづくりインストラクタースクールで過去20年ほど、約200人の受講生に講義をしてきましたが、受講生が3人1組で未知の現場の改善を行う実習では、のべ1週間以内に20%以上の生産性改善提案ができています(実施には休日利用で大抵半年はかかりますが)。
つまり、第一のご質問に対しては、おっしゃる通り、流れ図を書き、付加価値の良い流れ、つまり「良い設計の良い流れ」という考えを現場で共有すれば、現在の日本の現場でも改善はまだまだできる。そして賃金アップと日中賃金差縮小が明らかとなった現在、約30年ぶりに、地域をあげた生産性向上が地域活性化の主役になりつつあります。こうした産業の本質に気がついているマスコミが実に少ない事が気になりますが。
次に、変動の概念を入れる話ですが、もし佐々木さんが工学系でいらっしゃればお気づきと思いますが、「流れ」が、私のものづくり経営学の中心概念であり、それは、前提条件はいろいろですが、フォード方式も、トヨタ方式も、TOCも全て一緒です。
とすれば、流れを扱う流体力学と結果的に計算式が似てくるわけです。この分野の出身で「渋滞学」を確立した西成東大教授も私は懇意ですが、西成さんのこの本をぜひお読みください。ここに、変動を伴う流れと渋滞、およびその解消に対するヒントが満載されています。ちなみに、彼は「アリはなぜ渋滞しないか」と言う論文で世界的に有名です(笑)。
デジタル製造に対して私が期待しているのは、適切なセンサー等の利用により、工場全体やサプライヤーも含む空間流れ図や時間流れ図を、例えば工場フロアのコクピットにある100インチモニターでリアルタイムのアニメーション(例えば5秒に1回更新される)で表示し、これを製造部も含め工場フロアの人たちが随時見ながら、AIの助言も得て、30分や3時間後の仕掛品渋滞等を予測しつつ、先取り的な助け合いで辛くも渋滞を回避していく変種変量変流工場です。デンソーなどが先行してるように見えます。
おそらく、中国のデジタル製造の主流は、シンプルな流れをコントロールルームで制御するリモート・コントロール工場でしょうから、日本の協働型スマート工場とは異なり、彼らとは棲み分けができると思います。めんどくさい製品のめんどくさい生産は日本に任せろ、と世界中で言ってもらえれば、1000万人程度の製造業従事者では足りない位の仕事が日本に来ることも可能だと思います。そうなれば、また生産性向上とアジア等の拠点とのサプライチェーン連携です。
こうした改善活動は、東京大学ものづくりインストラクタースクール、一般社団法人ものづくり改善ネットワーク、各地域(東京、茨城、三重、和歌山、広島、宮崎など)の地域インストラクタースクールなどで、過去20年近く展開しています。よろしければ、一般社団法人ものづくり改善ネットワークのホームページをご覧ください。会員になっていただければさらに嬉しいです。
とりあえず本日はここまでします。藤本
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2023年7月12日;佐々木→藤本教授
詳しくご説明いただきましてありがとうございます。
金さんにはずいぶんお世話になりました。1990年代の中頃から始まった生産革新、私も工場側の窓口的な役割で参加しておりました。トヨタ生産方式については本を数冊読んでおりましたが、その予備知識と実際の改善活動との違いに戸惑ったものです。わけもわからず、言われるままにやると、結果がすぐに出る。1日の改善活動で現場の床面積が半分で済むようになったり、大きな倉庫が空になったり、びっくりするようなことが次々と。すっかり虜になりました。米国赴任中に、金さんに何度か米国の工場に来ていただき、指導していただいたこともありました。美濃加茂や中新田にも何度か行きました。
早速、「車の渋滞 アリの行列」を購入し、読んでいるところです。
水や空気の流れをその分子の流れとみれば、クルマや人も流体とみなせる。クルマ、人の流れを流体力学でモデル化した渋滞力学の背景がよくわかりました。渋滞学の「密度」と「流量」に「転写密度」と「転写スピード」が対応しているということも理解できました。
ただ、わからないことがあります。それは、OR(Operations Research)等で生産システムを分析するときは、「待ち行列理論」を使うのが普通ではないか、と思っております。私が使っているシミュレーション・ソフトも、その動作ロジックは「待ち行列理論」だ、と説明書に書いてあります。
ただ、「車の渋滞 アリの行列」には、
「これまで渋滞の研究はおもに待ち行列の理論というものを用いてなされてきたが、並んでいる粒子どうしのぶつかり合いが考慮されていない」(p45)
という説明があり、渋滞学が新たな方向に発展している様子がうかがえます。
そこで、知りたいことは、
一般に行われている「待ち行列理論」で生産システムをとられるアプローチに対して、設計情報の転写で流れを捉え、流体力学(渋滞学)で生産シシステムを捉えることのメリットは何か、ということです。「待ち行列理論」ではとらえられないが、流体力学(渋滞学)なら捉えられることとは、具体的には、どのようなことでしょうか。
渋滞現象を捉えるのに「待ち行列理論」の欠点が指摘されたように、生産システムを「待ち行列理論」で捉えることにも欠点があり、その欠点を緩和するために流体力学(渋滞学)を取り込んでゆくといった可能性はあるのでしょうか。
ご指導のほどよろしく、お願い申し上げます。
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2023年7月14日;藤本教授→佐々木
佐々木様、藤本です。西成さんの本はお勧めです。待ち行列理論、流体力学、通常の在庫理論、これらは、状況に応じて使い分ければ良いのだと思います。
インプットとアウトプットの間に滞留ができると言う設定だと、インプット量、アウトプット量をそれぞれ確定にするか確率変動させるかで、いろいろな議論が使いますが、これは問題設定に合わせて選択すれば良いと思います。要するに、全部使えると思います。
例えば、高速道路の料金所の渋滞分析は、それこそ待ち行列で良いと思います。動いている滞留(例えば渋滞)の場合には、流体力学的なモデルがより有効になると思います。
仮に、1キロメートル長の1車線の高速道路を考え、時速60キロつまり分速1キロで、区間内に25台、つまり40メートルに1台、車長5メートルとして車間距離35メートル、と言う状況を想定するなら、これぐらいの車間距離ならスムーズに流れると思います。この場合、定常状態なら区間に入る車が1分に25台、出る車も25台、これがこの高速道路の生産性となりますね。
滞留台数を30台、40台、50台と増やしていくと、自動運転の隊列走行ならどんどんアウトプットが増えるだけですが、ここに速度の揺らぎを入れ、車間距離の伸縮、ブレーキ反応などをシミュレーションで入れていくと、車間距離が一定の距離まで縮まったところで臨界状態となり、そこで誰かが焦って加速し、その後急ブレーキを踏めば、一気に渋滞が発生する。つまり、平均速度が激減する。西成さんの基本モデルはそのようなものだと理解します。
もう一つ、彼が強調するのは、流体の場合は、隣の分子を気にする事はないが、人間は隣の人や車があるのをうっとうしいと思いますから、こうした心理も勘案する必要があるわけです。高速道路の合流点で、しばらく棒を立ててすぐには合流させず、その間に、ま横に車がいるの鬱陶しいと思う車同士が互い違いに並び、その後スムーズに合流する、と言うところがありますが、あれは西成さんのアイディアだと思います。
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2023年7月14日;佐々木→藤本教授
ご説明ありがとうございます。渋滞学、流体力学の関係を理解できました。
ただ、流体力学を生産システムへ応用する方法がピンときません。申し訳ございませんが、簡単な事例でご教示頂ければ幸いです。
例えば、工程がひとつだけの最も簡単な生産ラインがあるとします。注文はランダムに入るとします。その時間間隔が平均30分、処理時間は20分(一定)で、平均生産リードタイム(注文が入って、それが完成するまでの時間)が40分だとします。いま、注文の飛び込む時間間隔が24分となったとします。処理時間は20分で同じとして、平均生産リードタイムは何分ぐらいになるか?(不足、不適切な条件があれば、追加、修正してかまいません)
この問題を、流体力学を利用して解く手順を教えていただければ幸いです。
待ち行列理論を応用して解く方法は理解しているつもりですので、比べてみたいと思います。
ご指導のほど、よろしくお願い申し上げます。
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2023年7月21日;佐々木→藤本教授
小生の粗雑な質問に真摯にご教示頂いておりましてありがとうございます。
私の方でも、生産システムのモデル化に流体力学を使う事例を探してみました。石油プラントなどに流体力学が使われているようですが、離散的部品の加工・組立生産システムのモデルに流体力学を応用する事例は、今のところ見つかっておりません。
生産システムのモデル化に流体力学が応用できるのであれば、画期的であり、DX、AI等を背景としたこれからの生産管理・工場管理に少なからぬ影響を及ぼすことになるのではないか、と思われます。
目下、次代の生産管理・工場管理の方向性について思い巡らしているところです。先生のご著書等を通じて、関連する歴史的、学問的、論理的知見を広めたいと考えております。
“流体力学”の件でコミュニケーションがうまくいかなくなることは避けたいと思っています。
ご指導のほど、重ねて、よろしくお願い申し上げます。
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2023年7月22日;藤本教授→佐々木
佐々木様、藤本です。貴信拝受いたしました。
私の言い方が不正確だったようで、恐縮ですが、流体力学的なアナロジーが使えるだろう、と言う文系的な表現であり、数式がそのまま使えるという話ではありません。西成先生も、みしら流体と、仕掛品の流れ、あるいは人の流れは、ある部分で特性が異なると言う話であったと思います。新たな発見があったらまたを表してください。藤本
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2023年7月22日;佐々木→藤本教授
“流体力学”の件は理解、了解しました。
次の質問に移らせていただきます。ご著書の12ページに
“本書では単一製品、単一工程レベルの生産・開発システムの詳細な分析に資源・能力アプローチを適用することを試みる。”
とあります。
また、生産・開発システムの能力評価に重要な項目である「生産性」や「生産リードタイム」についての説明が34ページに図解されています。これは生産ラインの各工程で、程度の差はあれ、必ず起きる物理現象であり、“詳細な分析”には極めて重要な特性だと思い、関連する質問をさせていただく次第です。
第1工程のサイクルタイムと第2工程のサイクルタイムが一定で同じときは安定した定常状態になると思います。では、第2工程のサイクルタイムが第1工程のサイクルタイムより短いときどうなるか、を考えます。工程間にある在庫は時間とともに減少し、やがてはゼロになり、第2工程はつくるモノがなくなり手待ち(手空き、手すき)状態になります。これは、仕掛在庫の減少、稼働率の低下、生産リードタイムの短縮などの結果につながります。
逆に、第2工程のサイクルタイムが第1工程のサイクルタイムより長いとき、工程間にある在庫は時間とともに増加し続けます。これは、仕掛在庫の増加、稼働率の上昇の可能性、生産リードタイムの長期化、納期遵守率の低下などにつながります。
図解に下記の数理モデルがあります。
生産リード・タイム
=Σ1個当り正味作業時間÷(Σ正味作業時間÷生産リード・タイム)
=1/(情報受信スピード×情報受信密度)
この式を使って、連結される二つの工程の処理時間(サイクルタイム)に差があるとき、生産システムの基本特性である生産リードタイムをどのようにして求めるのか、具体的な数値を用いて、ご教示頂きたく、お願い申し上げます。この式も文系的な表現で数式がそのまま使えるという話ではない、ということであれば、特性項目、変数の定義、及びそれらの間の論理関係を文字・文章で表現していただいてもかまいません。また、条件等の設定はお任せします。
ご指導のほど、よろしくお願いいたします。
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2023年7月23日;藤本教授→佐々木
藤本です。御指摘の現象は、ボトルネックと呼ばれ、私の教科書にも図解事例がありますが、これについて最も有名なのは、ザ・ゴールで有名なゴールドラット博士のTheory of Constraints, TOCです。まさにご指摘のような現象が起こりますが、各工程がアクシデントで停止するリスクを勘案すると、ボトルネック工程の直前にはむしろ少し多めの在庫を持つ、というドラムバッファーロープ原則が有名です。
新型コロナ騒ぎの時は、このボトルネック現象をよく理解できていなかった厚生省はあちこちで混乱を起こし、理解していた自衛隊の大規模接種センターはスムーズに目標達成し、2つの役所のこの点の実力差が顕在化したのは、記憶に新しいところです。
なお、トヨタの場合、タクトタイムとサイクルタイムを峻別するのが特徴です。タクトタイムは市場が決め、例えばある製品の需要予測量が1日1個500で、稼働時間が二交替で1000分ならタクトタイムは2分、これは生産側の都合で決まるサイクルタイムより優先されます。仮に2つの工程のサイクルタイムが1分50秒と1分10秒なら手待ち時間10秒と50秒が発生しますが、1分タクトで同期化していれば在庫変動はない。しかしこれらが2分10秒と1分10秒なら、第1工程がボトルネックで生産能力不足となります。
ところで、私は本務の授業で十数人あるいは数十人、時に数百人単位の授業と採点を行っています。しばらく本務の採点期間に入るので、超多忙となり、こうした個人ベースのやりとりはできなくなります。
佐々木さんが、本格的に現場指導のインストラクターあるいはコンサルタントを目指されるのであれば、それなりの師範学校がありますので受講をおすすめします。現場で百戦錬磨の方でも、教える立場になるためにはそれなりの準備が必要だからです。私のところでは、毎年1月から3月に、一般社団法人ものづくり改善ネットワークでシニア塾を開講しており、過去10年間で約120人が受講しています(ネットに出てきます)。受講者は非常にレベルの高い方々が多いので、意気投合されるのではないかと思います。藤本
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2023年7月24日;佐々木→藤本教授
ご説明ありがとうございました。
私の質問のポイントとズレてしまったようです。質問の主旨は、工程に流れ込む時間間隔と処理時間(サイクルタイム)が独立に変動するとき、生産リードタイムはどうなるか、
生産リードタイム=1/(情報受信スピード×情報受信密度)
の式を使ってご説明いただけないか、ということでした。
これまでのご説明の経過から判断して、このような質問には、お答えいただけないな、と感じております
「超多忙となり、個人ベースのやりとりはできなくなる」とのこと、これ以上ご迷惑をおかけすることはできませんので、お手すきになるまで、一旦、メール交換は中断させていただきたいと思います。
ただ、「生産システムの進化論」のなかで、開発・生産システムを“情報・媒体・転写”の流れとして抽象化するときに捨象した特性は、生産ラインの基本特性を決める極めて重要なファクターであるにもかかわらず、それに対する言及がどこにも見当らないことを問題視しております。私の質問のポイントはそこにありました。
もしや“秘策”があるのでは、との私の期待は外れた、と判断します。
生産性、生産リードタイム、仕掛在庫等は生産ラインの物理的基本特性によって大部分が決まります。この辺りに関連する私見を「生産システムの進化論」を材料にまとめ、何回かに分けて私のウエブサイトにアップしたいと考えています。また、メールでご教示頂きました内容につきましても、適宜引用し、公開させていただきたいと思います。
ウエッブサイトで公開する前にご覧になりたければ、事前にお送りします。意見、異見、批判、提案、、等なんでもかまいません。お申し出ください。事前にご覧になる必要がなければ、こちらの都合でアップします。公開後も意見、異見、批判、提案、、等ございましたらお申し出ください。修正、追加等適切に対処したいと思います。
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2023年7月24日;藤本教授→佐々木
復、藤本です。確かに、私が産業の本質と考えるところと、佐々木さんがお考えのところは、ずれているようで、この話はここまでとした方が良いと思います。むろん、お考えが間違っていると言うつもりは毛頭ありません。お考えの情報発信が成功することを祈念します。
1984年に大野耐一さんを訪ね、受信側の情報転写密度が平均でも0.05%、0.5%なら高い方だよ、とのお話を伺い、その後、実際にそのような数字であることを確認した段階で、このフレームワークに関しては確率論は入れていません。おそらく、西成さんやゴールドラットさんの話には確率変動が出てくると思います。2人とも物理学者系です。
と言うことで、我々の対話はここまでといたしましょう。さらなるご議論の深化を期待します。藤本