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No.95 停滞する日本の製造業を支え続ける生産理論の欠陥

queue1990年代に始まった停滞の30年。この間、様々な企業、組織が「トヨタ生産方式」の導入にチャレンジしました。が、うまくいった企業は極わずか。「トヨタ生産方式」とは簡単にまねのできる生産方式ではないことを体験しました。

では、いったい、どうすればいいのか。

答えがすぐにみつかるはずもありません。答えじゃなくて、方向性だけでも、、。それも出てきません。30年たっても出てきません、、。

その間、何もなかったわけではありません。IT技術が解決してくれるかも、という期待はありました。MRP、ERPが普及し、APS/生産スケジューラが詳細なスケジュールをほぼリアルタイムに生成できるのだ、といった専門家のコメントに新時代の到来を予感したものです。

計画サイクルが長く、Time Bucketが大きいMRPは大雑把な計画しか立てられません。その欠点を埋めて、さらなる将来の発展を期待されたAPS/生産スケジューラでしたが、米国では2000年に入ると間もなく、姿を消していきました。限定的条件でしか使えないAPS/生産スケジューラはMRP/ERPの下位のパーツ機能しかなく、ひとまとまりのパッケージとしての価値はないと判断されたからです。つぎつぎとMRP/ERPベンダーに吸収されていきました。

そして今、AI(人工知能)、DX(デジタルトランスフォーメーション)の波が押し寄せています。この波に乗れば、一般の製造企業も「トヨタ生産方式」に近づくことができるのでしょうか。どうやら、答えは“No”のようです。いやむしろ、日本と欧米の製造力格差はますます広がるのではないか、との懸念が、、。

日本の製造企業が抱えるこの問題は複雑です。簡単に解決できそうにありません。複雑な問題の解決に有効な手がかりは、根本問題(根本原因)を見つけ出すことです。前回のBlogで、根本原因を「理論なき生産管理」と表現しました。

しかし、待てよ。その前に、根本問題を覆い隠す蜃気楼のような“もやもや” が、、ある。それは、現象の因果を歪め、正しい問題構造の把握を困難にする。

その結果が、生産管理・在庫管理の専門家やコンサルタントの的外れな解説、大学の教授陣のコピペ的、パッチワーク的論文の数々、生産スケジューラ・ベンダーの誇大、いや虚偽広告、、。“蜃気楼的もやもや”が日本の生産管理・在庫管理の技術的、学術的レベルの低下を招いているようにみえるのです。

“蜃気楼的もやもや”ってなんだ? それは簡単に取り除けるものか、、。技術、歴史、文化、産業など、多面的な要素を含むこのテーマ、テーマとしては面白いんですが、深入りすれば蜃気楼どころか魑魅魍魎の世界に迷い込みそうです。引き返した方がよさそうだ、、な。

シンプルにチャレンジしてみようと思います。

「理論なき生産管理」とはいっても、理論がまったくない、ということではありません。今の生産管理を支える理論には重大な欠陥がある、といいたいんです。何かが“欠落”している。

関連する学会が、大学教授が、専門家が、コンサルタントが、生産スケジューラの開発者・販売者が、、見落としている「生産理論」の欠落部分とは?

こう問うてみますと、違和感を覚える方が多いのではないでしょうか。超弦理論やダークマターのはなしではありません。世界中の工場のいたるところで起きている現象についてのはなしです。いや、工場だけではありません。ディズニーランドでも街中の銀行やスーパマーケット、役所、病院、、、世の中のいたるところで起きている現象です。

そんなありふれた現象を生産管理・在庫管理の大先生方が見落としている、と言ったら、にわかには信じがたいことでしょう。 、、、だから異質なんですよ。さらに、さらに、驚くことは、これが“日本だけ”、、うーん、日本だけかどうかはわかりませんが、多少誇張して言えば、少なくても欧米・先進国の中では“日本だけ”。

その現象って、なんだ?

本Blogでは再三取り上げておりますので、お察しのことと思います。そうです。
待ち行列現象(待ち行列理論)
です。

バッサリと斬り過ぎたかもしれません。実は、待ち行列理論を用いて生産ラインの特性を記述、解析する論文は、日本でもたくさんあります。ですから、生産管理・在庫管理の先生方が「待ち行列理論」を知らないということではありません。特にOR(オペレーションズ・リサーチ)の分野では多くの論文があるようです。

ところが、生産管理学会、日本経営工学会、そして関連する学科のある大学の論文をみても、「待ち行列理論」に関するテーマは、小さな個別テーマばかりで生産システム全体に影響を与えるようなものはあまり見られません。

待ち行列理論の範囲でみれば「生産ライン」も立派な一分野。一方、生産管理の領域でみれば、待ち行列理論の存在はほとんどありません。

待ち行列理論で生産ラインの特性を記述・分析した書(Stochastic Models of Manufacturing Systems)をみると、難解な数式の羅列が続き、生産ラインのイメージは湧いてきません。ひらたく言えば、生産ラインの特性と待ち行列理論は、相性が悪い。生産ラインの特性の分析に待ち行列理論はうまく使えないようです。この流れは今後も変わることはないでしょう。

だから、生産システム、生産管理側からみれば、待ち行列理論は視野の外。関連する学会が、大学教授が、専門家が、コンサルタントが、生産スケジューラの開発者・販売者の大部分が、待ち行列理論に“無関心”なのは、それなりに納得できます。

“無関心”だけではありません。それとなく「生産ラインでも待ち行列現象が起きているんですよ」とささやいても、素直に聞く御仁はおりません。専門家であればあるほど、有名であればあるほど、意地を張って反論する傾向があります。プライドがあるんでしょうね。

プライドの他に、もしかすると、本当に理解できていないのでは、と思うこともあります。錯覚があるのかもしれません。あるいは、専門分野の刷り込み(専門バカ)もあるかな。よくわかりませんが、、、

このような状況の影響を受けるのが現場で働く方々です。待ち行列現象を見落としている専門家の言葉をどのように聞いているでしょうか。多分、半信半疑で聞いているんじゃないかと思います。現場を見続けている生産管理者や現場監督者は、専門家の“きれいな言葉”を信じるよりは、自らの経験に則して判断することが多いのではないか。だから、専門家の“たわごと”の影響はあまりない、と高を括っていいのか。

関連する学会、大学教授、専門家、コンサルタント、生産スケジューラの開発者・販売者などなどの関係者は、カスタマー(現場で働く管理者、作業者など)に対してどのような使命を持って情報を発信しているのでしょうか。日本製造業を“支えて”きた専門家諸氏が発信する“歪んだ”情報。それが致命的欠陥のある生産理論をベースにしているとなれば、看過しがたい障害になっていることは間違いありません。