前回、日本の生産現場は、“権威主義的、精神論重視、軍隊式、属人的で理論なし”と揶揄してしまいました。「トヨタ生産方式」が機能する理論的な説明のないまま、他企業に「トヨタ生産方式」を移植するときに起きた現象をみて、そんな言い方になってしまいました。ちょっと、“言葉足らず”だったかもしれません。
もう少し、掘り下げてみましょう。
日本の企業で「トヨタ生産方式」がどの程度導入されたか。これについては、断片的な、あるいは私的な経験で得られた情報、その他もろもろの書籍等の情報から判断すると、極めて少数の企業でしかうまくいっていないことは確かです。あまり導入されていない「トヨタ生産方式」が日本の生産現場、生産管理にどのような影響を及ぼしたか。
この切り口で分析しようとするとき、「トヨタ生産方式」ではない“生産方式”について、理解しておく必要があります。「トヨタ生産方式」ではない“生産方式”とは、「トヨタ生産方式」を導入しようとして導入できなかった企業の生産方式をひっくるめて、ここではそう呼んでおきます。歴史の流れに手がかりがあるかもしれません。
大量生産が本格的に始まる20世紀初め、工場の生産性を改善するために「科学的管理法」がテーラーらによって提唱されました。これにより、生産現場に「管理」の概念が確立したと言われています。作業の動作・時間を研究し「作業の標準化」を行い、それをベースに「課業の管理」を行う。それをサポートする組織形態として、「計画と実行の分離」を意図した「職能別組織」が提案されました。
時を同じくして出現したのが「フォード生産方式」。生産車種は黒のT型フォード1車種。大量生産の生産方式として歴史にその名を刻んでいます。
その後、需要が多様化すると多種類の車を同時に生産する必要がでてきました。フォードの後塵を拝していたGM(ジェネラル・モータース)。GMのとった生産戦略はフルライン戦略、高性能化戦略。そして次のような管理体制です。
• 事業部制による分権と集権のガバナンス
• 標準原価計算制度などの統一的な管理会計による財務統制の構築
• 正確な販売予測に基づく生産計画策定を中心とする生産管理の構築
GMの工場の様子を拙著
“需要変動にリアルタイムで追従する「動的生産管理」の仕組み”
から一部抜粋してみます。
生産の拡大とともに、分業と機械化はさらに推し進められ、部品の生産と組立に至るそれぞれの工程は専門化し、独立化していく。生産効率を上げるため、生産バッチは大きくなり、加工スピードも速くなる。オートメーションも発達し、エンジン工場のシリンダー・ブロックの加工ラインはまったく人の手を介すことなく、鋳物ブロックが自動的に送られ加工されるようになる。従来の生産時間の10分の1に短縮されたといわれる。機械化と自動化は19世紀の工業化以来アメリカの伝統だったが、その後も絶えることのない新鋭設備の導入により生産性をさらに向上させていった。
これが生産方法・生産管理の標準的な形式となり、戦後、日本に入ってきました。
その後、コンピュータの発達に伴い、MRPやMRPIIが開発・導入されます。スケジューリングの問題に対しては、DBR(ドラムバッファーロープ)やAPS(Advanced Planning and Scheduling)などが提案されました。しかし、生産管理の基本的な考え方が変わることはありませんでした。根本的な問題はそのままです。どんな問題か。GMのその後の状態を同書から抜粋してみます。
一方、管理会計による財務統制は現場とマネジメントとの距離を隔て、部分最適を助長することになる。加工効率の向上とともにバッチサイズは大きくなり、結果、仕掛が山積みとなる。工程は分断され、原材料投入から完成までの生産リードタイムは長期化の一途をたどる。生産リードタイムだけではない。極度に分業化・専門化した組織では、組織間の調整に時間がかかり、新車開発期間も長くなっていった。
生産効率を上げるためバッチサイズを大きくすると生産リードタイムが長くなる。需要の変化に対応するため生産計画を頻繁に変える。生産現場の混乱は増幅し、工場の生産性は低下。このような悪循環に陥ってしまいました。
これは、もちろん、GMだけの問題ではありません。日本でも多くの企業が抱える慢性的な問題です。様々な工夫、IT技術の導入などで、改善されているところもありますが、全体的にみれば、停滞ぎみ。特に日本では、、。
このような問題を解決した生産方式が、ご存知、「トヨタ生産方式」です。きっかけとなるアイディアは米国から学びました。主なものは「科学的管理法(IE)」、「フォードの流れ生産方式」、「スーパマーケットの商品補充方法」など。1945年~の「トヨタ生産方式」の進展の様子を記したpfdがトヨタ自動車(株)のWebsiteにあります。コピーはこちらにあります。
GMを起源とする生産方式・生産管理方法を「GM生産方式」と呼んでおきます。「トヨタ生産方式」を理解するために、「GM生産方式」との主な違いを理解しておきましょう。
「GM生産方式」
• 工程間の同期がないまま、まとめづくりにより部分効率の向上を狙う。その結果、仕掛の増大、生産リードタイムの長期化を招く。
• (計画・作業指示)と(実行)が乖離し、管理レベルを上げることができなくなる。
「トヨタ生産方式」
• 平準化、タクトタイムでの同期生産等により、工程仕掛が少なく、生産リードタイムも短くなる。
• (計画)と(作業指示・実行)の分担 ⇒ 自働化(にんべんの付いた自動化)、“かんばん”による生産数・生産時期の指示、、。
• システム維持のため、人の教育が重要。
「トヨタ生産方式」の最も顕著な生産ラインの特性は“超簡単”であること。その理由は、ワークの待ち時間が短くまた管理範囲に制限されるため、四則演算だけで生産ラインの特性を捉えることができるからです。
しかし「トヨタ生産方式」は一夜にしてできたわけではありません。トヨタ自動車(株)のpdfをご覧になるとわかりますように、「トヨタ生産方式」の体裁が整うまで30数年、かかっています。
GMに起源をもつ一般的な生産管理方法;「GM生産方式」と「トヨタ生産方式」はまったくと言っていいほど、異なることがわかります。
1984年、トヨタとGMの合弁事業(NUMMI)が始まりました。合弁事業はGMの破産で解消されるまで約25年間続きました。これだけ長い期間、しかも合弁事業でトヨタを目の前で見続けていたにもかかわらず、GMは「トヨタ生産方式」を取り入れることはできませんでした。「GM生産方式」の企業に「トヨタ生産方式」を移植しようとしても、“木に竹を接ぐ”がごとき。物理的にも工学的にも、管理面からもうまくいかないのは歴史的に実証済です。
1980年代にマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者らが「トヨタ生産方式」を研究し、その成果をリーン・プロダクション・システム(LPS)として再体系化・一般化しました。The Machine that Changed the World-The Story of the LEAN PRODUCTION、Womack他著、1990年 で広く知られるようになりました。しかし「GM生産方式」の改善には役立ったものの、第二のトヨタが続々現れたかというとそうでもありません。
30年以上かけて積み上げてきたノウハウは企業の仕組み・組織の中に隠れ、表からはみえません。「GM生産方式」の企業が、「JIT」だ、「かんばん方式」だ、「にんべんの付く自働化」だ、、と“トヨタ語”を学んだとしても「トヨタ生産方式」を再現するレベルには程遠いわけです。誤解を恐れずにあえて言えば、「トヨタ生産方式」とは、“まねのできない極めてユニークな生産方式である”、、と。
1990年代、バブル崩壊で失われた30年が始まった頃、郵政事業、行政自治体、病院、、等々、こぞって「トヨタ生産方式」の導入に走りました。もちろん、うまくいったところはほぼ“皆無”。当たり前のはなしなんですが、“無知”とは恐ろしいものです。