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No.93 輝く「トヨタ生産方式」の陰で停滞する日本の製造業

前回、日本と欧米での生産管理の背景を比較してみました。

欧米が科学的、物理的、工学的、論理的であるのに対し、
日本は権威主義的、精神論重視、軍隊式、属人的で理論なし。

この違いに気が付いている人は少ないんじゃないでしょうか。この異質な日本の生産管理のパラダイムは、押し寄せるDXを取り入れることができるのか。いやむしろDXの大波に押し流され、先進国グループから脱落してしまうのではないのか。少々過激な表現になってしまいました背景をお察しいただければ幸いです。

[背景を理解しなければ、、]

解決の方向性を探る前に、このような独特な生産管理のパラダイムができた背景をきちんと理解しておく必要があります。より“科学的な視点”で、、。

「トヨタ生産方式」(以下、TPS)を広めようとしたのは、NPS(ニュープロダクションシステム)のトヨタ出身者やトヨタで学んだコンサルタントでした。彼らがどのような方法で、トヨタで“発明”されたTPSを一般の企業に移植しようとしたのか。その方法の背後にある顛末は偶発的な成行きだったのか、それともいかんともしがたい必然的な因果律が働いていたのか、、。

「NPSの奇跡」(篠原薫著、東洋経済新報社、1985/10発行)から再度引用します。

社長すら面罵されるぐらいだから、NPS指導員の現場での指導は厳しい。たとえば、日本軽金属の蒲原工場を何度目かに訪れた鈴村実践委員長は、その巨体を揺るがして、真っ赤になって工場長はじめ現場の幹部を大声で怒鳴りつけた。「何だこれは。この仕掛の山は。この前来た時に、整理するようにいったのにどういうことだ!」というと同時に、仕掛の山を足で蹴飛ばした。蹴飛ばされた仕掛の山は音を立てて崩れ、床に散乱。しかも、鈴村はやにわにかぶっていたヘルメットを脱ぎ、これも力いっぱい床に叩きつけたのであった。工場長はじめ、幹部が真っ青になったのはいうまでもない。鈴村も、しばらく仁王立ちになったまま動かない。

「仕掛を整理しろ」と言ったのに、こんなこともできないのかと指導者は立腹した、という話なんですが、トヨタのコンサルタントは「あーやれ、こうやれ」とトヨタで行っている方法を具体的に再現していきます。「なぜそうするか」はあまり説明しません。できない理由も聞きません。おもわずできない理由を言おうものなら、「自分で考えろ」と言われるだけです。簡単に言えば「言った通りにやれ!」。これがTPSの移植方法。

[背後を探ってみましょう]

実は、「トヨタ生産方式」の方法そのものは、そんなに難しいものではありません。例えば“かんばん方式”。“かんばん”に書いてある数量だけつくる。“かんばん”が来なければつくらない。だから“かんばん”で指示された数量以上には生産されません。いたって簡単なルールです。だから、あるはずのない仕掛の山を「整理」できないのは、「やる気がないからだ」とコンサルタントには映るんではないでしょうか。

トヨタでできていることが他の企業ではなぜ、できないのか。

この問いに対しては様々な見方があります。以前に、生産管理 雑談・放談でも
「トヨタ生産方式をまねしても成功しない」;ありえない理由
で、「トヨタ生産方式をまねしても成功しない」(執筆;菅野寛、早稲田大学ビジネススクール(大学院経営管理研究科)教授)という記事を紹介しました。その中で、

「トヨタ生産方式はなぜ、他社では機能しないか」、それは事情(コンテクスト)が異なるからだ。それが機能する前提条件は、従業員に「いい仕事をしたい」という価値観が浸透していること、だと。

これも「やる気」と同類。他にも多くのトヨタ論がありますが、その多くは「やる気」だとか、「価値観」だとか、精神論的理由を挙げています。日本特有の文化論と関連付ける議論も面白いかもしれません。が、ここではDXに対峙するときの問題構造を明らかにしようとしていますので、もう少し、科学的、工学的な視点でみてみたいと思います。

[「トヨタ生産方式」を科学的、工学的にみてみましょう]

TPSの最も優れているところは、本来複雑で捉えにくい生産ラインの特性を極限まで“簡単”にしたことです。

例えば、1工程10分の工程が10工程ある生産ラインでは、投入から完成まで(生産リードタイム)100分、1時間(60分)では6個、1日(8時間)では48個、1カ月(20日)では960個が完成(立ち上がり時間除く)。暗算でわかります。あらためて勉強するほどのものではありません。

どうしてこんなに簡単になったか。主な理由を挙げますと、
¡ タクトタイム(サイクルタイム)での同期生産
¡ 標準作業時間の設定
¡ 平準化生産
¡ 生産計画の固定
といったところです。

なぜ、このような方法で生産ラインのメカニズムが簡単になるのか。一般の企業も容易にできるのか、、などについては次回にでも詳しく言及したいと思います。ここでは、TPSとは、生産ラインの特性を“超簡単”にする仕組みであり、が、しかし一般の企業がたやすく実現することは困難である、という程度に留めておきます。

[できない理由の矛先]

トヨタ出身者やトヨタで学んだコンサルタントがTPSを他企業に移植するとき、“超簡単”な生産ラインをベースにした、というか、“超簡単”な生産ラインでしか成り立たない方法を広めようとしました。いや、それしか知らなかったんです、、。

ところが一般企業は、“超簡単”な生産ラインではなく、生産計画はコロコロ変わるし、多品種生産でデコボコ生産だし、、などで、“超複雑”な生産ラインです。そのような生産ラインでTPSの方法がうまく動くはずはありません。TPSの指導員やコンサルタントは、うまくいかない理由を“精神論”に向けざるを得なかったのではないでしょうか。その流れは今尚、続いています。

「やる気」を否定するつもりは毛頭ありません。人間の活力のしるし、源ですから。しかし諸外国と比べて日本人の「やる気」がどうのこうのといっても、イマイチ、ピンときません。

問題は、生産ラインの特性を知らないTPSの指導員、コンサルタントが間違ったメッセージを拡散してしまったことです。できない理由の矛先は「精神論」から「管理レベル」や「経営論」へと膨れ上がり、非現実的な生産管理論が定着する要因になったのではないか。

[米国の動き]

一方、米国では。1980~1990年代に入り複雑な生産ラインに科学的、工学的な分析を通した生産理論構築の動きが具体化してきました。

1980年代にマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者らがトヨタ生産方式を研究し、その成果をリーン・プロダクション・システム(LPS)として再体系化・一般化しました。The Machine that Changed the World-The Story of the LEAN PRODUCTION、Womack他著、1990年 で広く知られるようになりました。

そして、1990年に米国Northwestern UniversityにMaster of Management in Manufacturing programが新設されました。
教科書に使ったのがFactory Physics;Hopp,Spearman共著、Waveland Press,Inc.

待ち行列理論でバラツキのある生産システムの挙動を分析した研究もあります。
Stochastic Models of Manufacturing Systems;Buzacott,Shanthikumar共著、1992年、Prentice-Hall,Inc.

米国では、生産ラインに対する科学的、工学的アプローチは産業界だけではなく、大学などの研究、教育分野でも着々と進展していました。

[理論なき生産管理論の危うさ]

日本では生産ラインに対する科学的、工学的アプローチはあまり見られません。「理論なき生産管理論」が、いまだに生産管理のパラダイムの主流です。このままでDXを取り入れることができるでしょうか。欧米諸国と比べると、その異質性・特異性が目立ちます。事態はさらに危うく、深刻化しています。

「理論なき生産管理」の実態に気が付いていない人が大部分。未だに、“日本は生産大国、生産先進国”だと思っている人たちのなんと多いことか、、。

chikochan2