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No.91 デジタル化の波;紙・ハンコ文化と生産管理のガラパゴス化

hanko最近、ハンコ廃止の話でにぎやかです。日本の歴史的・文化的背景も絡んで、多方面から様々な意見が出ています。関連記事を読んでいると、生産管理が抱えている問題と、なんとなく似ているところがあるようで、、。うーん、でも紙・ハンコ文化は日本特有、しかし、生産管理は全世界共通。全然違うかっ。

先ず、紙・ハンコ文化の歴史を振り返ってみます。1873年(明治6年)に印鑑制度が制定されました。日本統治時代に印鑑制度が導入された台湾と韓国以外の国で行政手続きやビジネス、日常生活で広くハンコが使われている国はありません。紙・ハンコ文化は日本特有と言えます。

印鑑制度は明治、大正、昭和、そして平成と約150年間、時代の環境激変を乗り越え日本の文化として定着してきました。ハンコ廃止論が出てきたのはいつごろなんでしょうか。少なくても、1970年代頃から始まった戦後の高度成長時代はあまり聞いたことはありません。バブルが崩壊し、インターネットが普及しだした1990年代に入ってからかなぁ~。

たとえば1997年、自民党行政改革推進本部が各種申請・届出の電子化やペーパーレス化を推進しようとしたとき、印鑑の製造業者や販売店などで組織する業界団体「全日本印章業協会」(全印協)などを中心に印章業界が猛反発しました。全国で反対の署名運動を展開し、3万5000人の署名を集めて自民党に提出。結果、この計画は頓挫。

その20年後、2017年末には安倍晋三政権の成長戦略の一環として、「会社設立の手続きをオンライン化し印鑑を不要にする」ことが盛り込まれました。この方針にもとづき、2018年1月に、首相官邸が主導する「eガバメント閣僚会議」が「デジタル・ガバメント実行計画」を決定しました。だが、即座に“反対の狼煙”があがりました。

翌2月には、前出の「全印協」など5団体によって「全国印章業連絡協議会」が発足。この協議会は印章業界の利益を守るための政治連盟で、その後押しによって「日本の印章制度・文化を守る議員連盟」(通称・ハンコ議連)が立ち上がりました。

ハンコ廃止活動。20年以上も前から行われているのにうまくいかない。日本特有のハンコ文化を守る「全印協」と「ハンコ議連」の抵抗は続きそうです。でも、コロナがきっかけで、今度は動くかな、、。

生産管理のはなし、、ですが。DX(デジタルトランスフォーメーション)はうまくいくんでしょうか。こちらも数年前から第4次産業革命というデジタル化の流れが起きております。

歴史を少し振り返ってみましょう。20世紀初め、フォード生産方式で代表される大量生産が始まり、生産管理の方法が形作られてきました。1960~70年代ごろから、コンピュータの情報処理能力を生産管理に利用するようになりました。生産に必要な部材の数量を計算するMRP(Material Requirements Planning)です。実際の生産には“いつ”必要か、も重要です。時間軸の計画機能を取り込み、MRPII(Manufacturing Resource Planning)へと進化しました。

需要は多様化していきます。多品種、変量生産を行いながらも生産性を維持しなければなりません。さらに細かな時間単位の生産計画が必要になってきます。時間単位の細かさだけではありません。需要の変動にも追従する必要があります。MRPIIのタイムバケットや計画サイクルでは対応できなくなりました。

APS(Advanced Planning and Scheduling)が登場します。秒単位の生産スケジューリングが可能、いつでも柔軟に計画を変更できる、、、。シミュレーションもできるし、最適条件を探し出すこともできる、、、。生産計画に必要なツールの最終形というか、理想形が実現する、と期待されています。

APSは、一般的に言えば生産スケジューラです。ベンダーのWebsiteをみますと、生産スケジューラは生産計画の究極のツールだと喧伝しています。APSがあれば、DXもなんのその。DXもスイスイ。

ところが、ところが、現実に目を向けると、生産管理、在庫管理のデジタル化はまだら模様。うまくいっているところはあまりなく、ここ数十年ほとんど進歩のないところ、いやむしろ混乱が増しているところなど、など、、。全体としてみればデジタル化は停滞というか、壁にぶつかっているという感じがします。

なぜそうなのか、考えてみましょう。

生産管理の基本は生産計画をきちんとつくること。これに異論はありません。生産計画は、業界、企業、製品などで異なりますが、タイムスパンで大雑把に分ければ、 大日程計画;需要予測をもとに生産能力(設備、人員、、)の用意、1年程度 中日程計画;製造品目と数量の決定、3カ月程度 小日程計画;作業の割り振りと納期の設定、数日程度 という感じでしょうか。

大日程計画は、例えばA製品群の生産計画は1月はXX個、2月はYY個、、、中日程計画では、当月はA1製品はxx個、翌月はyy個、翌々月はzz個、、、といった感じ。小日程計画はM月D日のA1製品はx個、翌日はy個、翌々日はz個、、、。

計画では、生産品ごとに、時間枠(日とか週とか月とか)での生産数量を決めます。生産能力を超えないように山崩しを行い、納期に間に合うように時間軸を調整します。このような計画を組むのにMRPやそのほかのツールが使われています。

タイムバケットは1日とかまで短くなってきましたが、多品種、少量・変量生産になると、納期と能力の配分計画が収束しないことが出てきます。

そこで登場したのがAPS(生産スケジューラ)。タイムバケットではなく、作業の開始・終了を秒単位の時刻で計画ができる、というふれこみで。タイムバケットの限界を一気に取り払いました。第1工程;製品A1の加工開始8:30:00、終了8:55:00、製品B1の加工開始8:55:00、終了9:40:00、、、という具合。

MRPのように時間枠で生産数量を指定する方法を時間枠方式、処理の開始時刻と終了時刻を指定する方法を時刻指定方式と呼んでおきます。

時間枠方式と時刻指定方式。この二つの方式、実は大きな違いがあります。時間枠方式での生産能力、例えば1日いくらできるか、を過去のデータや経験値・経験則で見積もります。現実的なバラツキも含まれます。こういうやり方は、精度は高くはありませんが、大きく外れることも少なく、例えば、定時間内に終わらなければ残業をするとか、早めに終われば、明日の準備をするとか、、、日常作業の調整で対応できることが多いのではないかと思われます。

一方、時刻指定方式。標準作業時間を決めなければなりません。正味作業時間に余裕時間を加えます。もちろん実行可能でなければなりません。APSは、この標準作業時間(固定時間)でスケジューリングします。個々の作業が実行可能であれば、APSのスケジューリングも実行可能であるはずです。多少のズレはあるかもしれませんが、調整範囲。

ところが、スケジュールと実際の作業時刻との乖離、半端じゃないんです。生産スケジューラ・ベンダーの会長さんが書いた「Asprova解体新書」高橋邦芳著、日刊工業新聞社、2019年6月、の51ページのコラムにこんなことが書いてあります。

asprova~~~~~
ショックアブソーバ生産工場を訪問した。・・・ショックアブソーバの生産工程は金属加工など40から50工程と長く、生産リードタイムも2カ月かかっていた。この工場の工程のデータを収集し、生産スケジューラで実績データを登録してスケジュールしてみた。・・・結果を見て驚いた。生産スケジューラのガントチャート上で、生産リードタイムが2週間となっている。「えっ、そんなバカな?」と担当者。・・・
~~~~~

実際の生産リードタイムは2か月、スケジューラでは2週間。生産リードタイムは処理時間+待ち時間。処理時間のバラツキはあっても平均が2倍とか3倍とかにはなりませんよね。とすると、待ち時間がすごく長い。これは、現場の計画がいかに杜撰か、工程管理のレベルがいかに低いか、、となってしまいます。そこで、Asprovaでスケジュールするとこんなに短くなる。管理レベルも向上する、と。宣伝効果満点。

「生産スケジューラでスケジューリングした方が生産リードタイムは短くなる」 という事例は他にもたくさんあります。これは事実として捉えていいと思います。これも生産スケジューラに対する期待を高めたのかもしれません。

生産リードタイム短縮のカギは待ち時間だ、と「待ち時間短縮対策」に取り組んでいる企業も多いと聞きます。待ち時間を分析し、その原因を見極め、手を打ちます。全社挙げての改善活動でいくらかは短くなるのですが、そのうち、もとに戻ってしまうことが多いようです。

「Asprovaの事例」でも「待ち時間短縮対策」の事例でも、見逃されている待ち時間があるんです。待ち行列現象による待ち時間です。待ち時間そのものが大きく、処理時間のバラツキや稼働率にもよりますが、工程処理時間の数倍になります。バラツキも大きく、その分布も簡単には求められません。そんな得体の知れない待ち時間が作業の開始時刻に加わりますので、実際の作業時刻を定めることは、原理的にほぼ不可能になってきます。

需要変動、多品種、少量・変量生産、短納期、、という環境では、MRPの計画はタイムバケットが故の粗さがありました。その弊害を克服したAPSは秒単位のスケジュールを組めるはずでしたが、落とし穴がありました。待ち行列現象です。

さらに深刻なことは、APS(生産スケジューラ)のベンダー、生産スケジューリングの専門家、生産管理のコンサルタント、大学の教授らは、APSは原理的に実行可能なスケジュールを生成できないことに気が付いていないようにみえます。気づいていないどころか、彼らはAPSベンダーのほとんど虚偽とも言える誇大広告を、専門家のお墨付きよろしくもっともらしい理屈で糊塗し、支援しているのです。

現場が生産スケジュール(生産計画)通り作業をしなければ、生産管理の意味はありません。生産スケジュールと実際の作業のズレが生じれば、専門家らは、計画と実際の差がどこになるか、その原因を突き止めなければならない。差の大きな要因は待ち時間にあると指摘します。そこまではいいのですが、想定される原因の中に「待ち行列現象」らしきものはまったくありません。

ハンコ廃止を妨げているのは「全印協」や「ハンコ議連」でした。では、工場管理のDX化を妨げているのは? 生産スケジューラ・ベンダーであり、生産スケジューラの専門家であり、生産管理のコンサルタント、そして大学の先生方なのです。海外では、少なくても米国では、このような現象はみられません。どうやら、日本特有の現象、、。

紙・ハンコ文化と生産管理に関係する専門家の認識、ともに日本的ガラパゴス化現象を支えているようにみえます。次回、さらに掘り下げて、みてみたいと思います。