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No.76 [書評] “A書”に学ぶ在庫管理の病根

No.71から在庫管理の本;“A書”を取り上げ、“疑問符が付く部分”にたいする私見を5回に分けてお伝えしてきました。ザックリまとめますと、“A書”の主張は、

① 在庫量を数量ではなく、1日あたり平均出荷量、出荷対応日数、在庫日数、リードタイム日数などの日数で捉えるべきである。(これを「日数基準」と呼ぶことにします)
② 「日数基準」をベースとした「不定期不定量発注法」が最も変化対応力の強い在庫管理法である。

の二点にまとめることができます。これを、少々長ったらしいのですが、「日数基準・不定期不定量発注法」と仮称しておきます。詳細はNo.71~No.75の[書評]をご覧いただきたいと思いますが、評価結果は、

“「日数基準・不定期不定量発注法」は統計論、在庫補充の原理に反し、実用的な有効性はまったくない。”

という結論となりました。

しかし、この「日数基準・不定期不定量発注法」なる在庫管理論、巷では、ある程度認知されているようです。著者は“A書”の他に、物流・在庫関連の書を多数出版しており、“A書”と同様に、「日数基準・不定期不定量発注法」論を展開しております。この考え方は、他の在庫管理コンサルタントの指導やセミナーでも取り上げられていて、支持されています。これといった、批判的なコメントも見つかりません。

で、疑問が湧いてきます。論理的に間違った在庫管理論がなぜ、受け入れられるのか。いつ頃から、どのような背景でこの「日数基準・不定期不定量発注法」が出てきたのか。早速、Websiteをググってみました。こんなものがみつかりました。

在庫管理論批判(上) 
在庫管理論批判(下)

LOGI-BIZ、2001年9月号と10月号の記事のようです。題名からも推察できますように、現状(当時)の在庫管理論に対する批判がトリガーになっているようです。何が問題で、どう解決しようというのか、その論理展開に注目してみてみたいと思います。先ず、関連ある部分を抜粋してみます。

[在庫管理の目的]
① 在庫管理における最大の課題は、変動する需要に対応した適正な在庫を維持することである。

[現状在庫管理論の問題点]
②「不定期定量発注」も発注方式というほどの内実を持ってはいない。なぜなら現実問題として〝定量〞を決められないからである。不定期発注にEOQという概念は存在しない。そもそも需要が変動する環境下では、定量などという考え方は許容されるものではない。すぐに欠品や過剰在庫を発生させてしまうはずだ。

③「定期不定量発注」方式は多くの問題を抱えている。定期発注では、次の発注日まで在庫を切らさないように、どうしても多めの発注になりやすい。逆に思った以上に売れると緊急発注が生じるなど、定期であるがゆえの不安定な面が避けられない。それでも現実問題として「不定期不定量発注」を採用できる体制になかったため、この発注方式を長らく使い続けてきたに過ぎなかったのだ。

[解決の方向性]
④詳しくは後述するが、在庫管理における現実的な発注方式は「不定期不定量発注」し かない。「不定期不定量発注」方式を実現できるようになったのは最近の話だ。アイテムごとに出荷に伴う在庫量の減少を把握し、発注点に達しているかどうかをチェックするにはコンピューターの力なしには運用が困難を極める。そのため現実的に普及しなかったのだが、最近の情報技術の発展は、これを比較的簡単にできるようにしてくれた。結局、需要変動に対応できる発注方式は「不定期不定量発注」以外にないのである。

[新しい在庫管理論の基本原理と具体的な管理方法]
⑤この方式のメカニズムは単純だ。「出荷対応日数」、「リードタイム日数」、「在庫日数」の三つが柱になる。すべて〝日数〞で管理をする点に特徴がある。「出荷対応日数」とは、現有在庫量を一日あたりの平均出荷量で割ったものだ。平均出荷量は、一定期間の出荷量を出荷日数で割ったものであり移動平均値とみればよい。つまり出荷対応日数とは、いまの水準で出荷し続けた場合に何日で在庫がなくなるかを示している。「不定期不定量発注」では、この出荷対応日数が商品調達に必要な「リードタイム日数」を割り込んだときに発注をかける。その場合の発注量は「在庫日数」分であり、一日当たり平均出荷量に在庫日数を掛けた量が発注量になる。ようするに、設定した在庫日数分を維持することを目的とした仕組みである。出荷量の変動は一日あたりの平均出荷量に反映される。出荷量が増えれば在庫量も増え、出荷量が減り始めれば在庫量も減る。これで需要変動にも対応できる。これが基本原理なのである。今後の在庫管理方式の主流になることは間違いない。

“A書”の主張する「日数基準・不定期不定量発注法」にたどり着く道筋を項目ごとにみていきましょう。先ず、[在庫管理の目的]ですが、これは同感です。特に問題はないと思います。

[現状在庫管理論の問題点]はどうでしょうか。②は「不定期定量発注」の問題点を指摘しています。
*現実問題として“定量”を決められない
*不定期発注にEOQという概念は存在しない
*需要が変動する環境下では、定量という考え方は許容されない。すぐに欠品や過剰在庫を発生させてしまう

この著者の一人(“A書”は3氏の共著)は、別の著書で「不定期定量は発注方式に値しない」と断じております。

「不定期定量発注」がなぜ、ダメなのか、みなさまはお分かりになりますか? 「発注方式に値しない」とまで言い切る。納得できますか? 私には、さっぱり、わかりません。1回の発注で発注する量を毎回同じ量にする、それを定量って、言ってるわけです。定量の適正性の良し悪しはありますが、1回の発注量はこのぐらいにしよう、と決めればいいわけですから、“決められない”という理由がわかりません。EOQについては、その有効性には疑問はありますが、不定期定量発注だろうが定期不定量発注だろうが、EOQを算出することはできます。需要が変動する環境下で定量発注を行えば、発注間隔が短くなったり、長くなったりして、ある範囲で需要変動に追従する、というのが一般的な説明です。上記の3項目、どれも不可解ですね。

③は「定期不定量発注」の問題を指摘しています。
*定期発注では、多めの発注になりやすい
*思った以上に売れると緊急発注が生じ、定期であるがゆえの不安定な面が避けられない
*「不定期不定量発注」を採用できなかったため、長らく使い続けてきたに過ぎない

定期発注での発注量が需要に対して多かったり、少なかったりして需要追従に問題があるという指摘は、ある範囲で、その通りだと思います。この問題を「不定期不定量発注法」を採用すれば解決できる、との主張に疑問符が付くわけですが、具体的な説明は、後項にあるようですので、そこで判断します。

[解決の方向性]
最近の情報技術の発展によって、「不定期不定量発注法」が実現できるようになった。情報技術の発展によって、受注、出荷、入庫、在庫量などの情報をリアルタイムで把握できるようになれば、いつ、いくら補充発注すればいいかが正確に分かるはずだ、との説明ですが、、。

この考え方は、“A書”に限らず、また、在庫管理論に限らず、たびたび耳目に触れます。様々な場面で該当しそうな考え方ですので、少々紙面を割いて検討してみます。

“何かを知りたければ、あれとこれがわかればよい”
“これとそれがわかれば、あれがわかる”

これがロジックの基本構造ではないかと思います。必要条件を伴う因果関係ですね。科学はこの因果関係で説明されます。ある地点で、何月何日何時何分何秒から何時何分何秒まで日食が起きる、なんていうことは、それが何十年後、何百年後に起きるものでも、驚くほど正確に予測できます。

台風の進路予想はどうでしょうか? 現在位置は正確に示されますが24時間後、48時間後の位置は大きな円で示されるだけです。半日もすると進路予測図も更新され変わってしまいます。台風の進路に影響を及ぼす要因が多く、そのすべてを把握しているわけではないので、日食のように正確に予測することはできません。それでも昔から比べると、観測技術の進歩、情報処理の向上とともに精度はずいぶん上がってきました。今後も改善は進むでしょう。

天体の動きも気象も自然現象、物理現象です。予測精度の違いはどれだけ正確に要因間の因果関係を捉えているか、その要因をどれだけの範囲で、正確に、リアルタイムで捉えているか、にかかるんだろうと思います。

在庫管理に話を戻します。在庫管理は物品が移動するという物理現象がベースにあります。それだけではありません。もの、サービスを消費するのは人間です。消費するだけではなく、生産、流通、販売も人間が介在します。人間の住む社会は、法律や経済、商取引ルールなどを基本に成り立っています。法律や経済の仕組みは人間の作った、いってみれば、“フィクション”の世界です。自然現象である台風の進路予想でさえままならぬのに、不完全な人間の作った“フィクション”が渦巻く環境の中では、それより、はるかに低い精度でしか予測できないのではないでしょうか。

ですから、受注、出荷、入庫、在庫量などの情報をリアルタイムで把握できたとしても、いつ、いくら補充発注すればいいかの予測精度はほとんど上がらない、ということになります。この記事が書かれてから十数年たちますが、「不定期不定量発注法」が実現された、という話、聞いたことありますか? 

[新しい在庫管理論の基本原理と具体的な管理方法]
ここで説明されている「不定期不定量発注法」の具体的なメカニズムが説明されています。内容は“A書”と全く同じです。この「不定期不定量発注法」の評価については、No.75に詳述してありますので、ご参照ください。

ポイントをレビューしますと、次のようになります。

“出荷対応日数(現在在庫量/1日あたり平均出荷量)≦リードタイム日数”
のときに、
“1日あたり平均出荷量×在庫日数”
を発注する。

出荷があるごとにこの計算を行いますが、コンピュータで行えば、特に問題はないでしょう(情報技術の発展?)。しかしこれによってサンプリング誤差を巻き込み、その結果、不要な在庫を増やすことになります。

実は、この「不定期不定量発注法」、著者が「発注方式に値しない」と罵倒した不定期定量発注(定量発注点発注)を基本にして、上記の日数基準の考え方を適用し、需要変動に追従させようとしたものです。結果は、皮肉にも、「発注方式に値しない」と切り捨てた一般の定量発注点発注より劣るのです。ぶざまな論理展開としか言いようがありません。

「日数基準・不定期不定量発注法」の出自をザット、調べてみました。「不定期定量発注」は使いものにならず、情報技術の進歩により「定期不定量発注」は「不定期不定量発注」に置き換わる。そして「日数基準」で日常の管理活動がわかりやすくなる、と。2001年のLOGI-BIZの記事をみるかぎり、ところどころ致命的な論理破綻があり、初めから「日数基準・不定期不定量発注法」は成立していないことが分かりました。

気になるのは、このような稚拙な在庫管理論が、数多くの書を著する名うての物流・在庫管理の専門家によって発案され、拡散され続けてきたのはなぜか、巷の在庫管理に関心のある人たちがこのような間違いになぜ気付かなかったのか、ついでに言えば、間違った情報を流し続けた出版社、セミナーの主催者らの情報の質に対するモラルはどうなっているのか、、。というようなことを、気にかけながら、私見を思いつくままに、列記してみました。

統計学不在

“A書”の著者との意見交換を通して強く感じたことは、統計学不在の著者の視点です。統計学をベースにした説明は、“A書”にもなければ、意見交換の中でもほとんど聞くことはありませんでした。

「1日あたり平均出荷量」は移動平均であるとすると、移動平均を計算するときの日数をn、出荷量の母集団の標準偏差をσとして、移動平均にはσ⁄√n のサンプリング誤差を含むことは統計学の初歩。それを無視して、“「1日あたり平均出荷量」で売れ行きの変化をつかむ”ことができる、とはあまりにも乱暴すぎるのではないかと思います。

移動平均のサンプリング誤差と反応時間はトレードオフの関係にあります。nが大きくなればサンプリング誤差は小さくなりますが反応時間は長くなります。逆にnが小さくなればサンプリング誤差は大きくなり、反応時間は短くなります。意見交換の中で、トレードオフポイントがあるのかどうか探ってみましたが、移動平均計算期間は1年だ、という応えに唖然としてしまいました。

在庫補充の基本的メカニズムの理解不足

もうひとつ驚いたことは、在庫補充の基本的メカニズムを正しく理解していないのではないか、ということです。

*倉庫を集約しても在庫は減らない
*リードタイムと在庫量とは無関係
*出荷量が増えれば在庫量も増え、出荷量が減り始めれば在庫量も減る
*現実問題として〝定量〞を決められない
*不定期定量発注にEOQという概念は存在しない
*不定期定量発注において、需要が変動する環境下では、定量という考え方は許容されない。すぐに欠品や過剰在庫を発生させてしまう
*・・・

挙げたらきりがない、とまでは言いませんが、不可解な説明がぼろぼろと出てきます。この方、本当に在庫管理の専門家なんでしょうか? 在庫関連の書を多数、書いてはいるんですが、、。

誤りに気付かない在庫管理業界

著者は物流・在庫に関する書を長年にわたって30冊以上も出版してきた専門家。猿が木から落ちても愛嬌ですが、統計学の基礎を無視し、在庫補充の基本的メカニズムを理解しないででっち上げた在庫理論を “今後の在庫管理方式の主流になることは間違いない” とうそぶき、世に拡散することは、愛嬌だと見過ごすには深刻過ぎるのではないでしょうか。この嘘を見破れないで、 “すばらしい方法” だ、と賛辞を贈る在庫管理業界は、在庫管理論を発展、進化させるどころか、間違いを正すこともできぬほどの体たらく、と言ったら言いすぎでしょうか。

被害者は現場を抱える企業戦士

在庫管理論のユーザーは、製造業、物流業、卸業、小売業などで日夜奮闘する在庫管理担当者やその関係者です。その人たちに間違った考え方、間違った情報を提供することでどのような影響があるか、多言は要しません。ユーザーのレベルは千差万別。拡散する情報の正誤を判断できる人たちはいいでしょう。しかし、そのような人たちの数は少ないのではないでしょか。専門家、コンサルタントを含む大多数の人たちは、間違った情報に免疫もなく、拒絶反応が起きることもなく、直接的に、間接的に、多かれ少なかれその悪影響を受けることになります。

著者が狙ったのは、在庫管理の“わかりやすさ”ではないかと思われます。在庫を数量ではなく、何日分と数える。多いのか少ないのか把握しづらい在庫を生活サイクルの基本単位で捉えることでわかりやすくなる、という主張はわからないでもありません。が、しかしそれは、在庫を増やしてしまうという対価には見合わず、到底メリットにはなりえません。 “A書”の主張はどう見ても、百害あって一利なし、のたぐいではないでしょうか。

“A書”の著者への謝意

“A書”の貢献があるとすれば、経験的感覚をベースに自己流で組み立てた在庫理論を、充分な検証なしに世に拡散させる愚を犯すな、と警鐘を鳴していることかもしれません。また、出版社やセミナーの主催者には、その内容の正確性にも、多少なりとも配慮すべきではないか、とのメッセージだと解することもできます。

稚拙な在庫管理論という汚名を“A書”だけにかぶせるのは公平ではありません。巷には疑問多き在庫管理論を主張する書はいくつかあります。時間があれば他の不可解な在庫管理論についても分析・検討してまいりたいと考えていますが、とりあえずここでは、“A書”を代表として取り上げさせて頂きましたことをご容赦いただきたい、と同時にお礼を申し上げたいと思います。

現状の在庫管理論に飽き足らず、新しい在庫管理論を打ち立てようとした著者諸氏の進取の気概には敬意の念を禁じ得ません。そして、いささか無礼な小生の質問に、真正面から、真摯にお応え頂きましたことに、衷心より感謝申し上げたいと思います。