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No.4 帰納的アプローチと演繹的アプローチ

トヨタ生産方式(以下TPS)とドラム・バッファー・ロープ(以下DBR)の前提条件はおおよそ逆。ラインバランス100%が理想というTPSに対して、ラインバランスが100%に近づくと、 ラインは不安定になり、生産性は低下する、とDBRは主張します。

目的はどちらも同じだと思うのですが、なぜもこう違うのか、ズーット気になっておりました。今回は両者の違いそのものではなく、両者を支える理論でもなく、 どのような経過で理論が形成されたのかという視点から、分析してみたいと思います。

論理的推論には2つのパターンがあります。ひとつは帰納法、他は演繹法。先ずは、帰納と演繹の説明を簡単に。

*帰納(Induction);実際に観測された個別的、特殊的な事例から一般的・普遍的な規則・法則を見出そうとする論理的推論。帰納法の結論は、 必然的ではなく、蓋然的である。

*演繹(Deduction);一般的・普遍的な命題(公理・法則)から、より個別的・特殊的な結論を得る論理的推論。前提を正しいと認めるならば、結論は絶対的、 必然的に正しい。数学の証明方法はその典型

トヨタ生産方式はどちらの方法で体系化されたのでしょうね?

先ずは帰納的かどうかを考えてみます。トヨタは無数にある企業のひとつ。もう少し微視的にみてみましょう。トヨタ生産方式は、一夜にして出来上がったわけではないでしょう。 生産ラインの一部で試してみて、範囲を広げていったと思われます。その中で体系化されていったのがトヨタ生産方式。つまり、生産ラインの一部から全社、全社といってもひとつの企業。 一企業の生産方式ですから、個別的、特殊的だと。 で、トヨタ生産方式は帰納的アプローチで形成された、と考えて良さそうですね。

念のため、演繹法もチェックしておきます。トヨタ生産方式を生み出した公理・法則はあるのでしょうか? スーパーマーケットをヒントにしたという話は有名ですが、 これは公理・法則とまでは言えないでしょうね。それらしきものがあったのかもしれませんが、あったとしてもヒントになる程度のものではないかと思います。もしあったとしたら、 トヨタ生産方式を説明できる公理・法則は現在でもあるはずです。

トヨタ生産方式そのものが公理・法則だよ、という声が聞こえてきそうですが、それはトヨタ社内でのこと。トヨタ生産方式を再現できたのは極、限られた企業のみである、という事実から、 世の中では一般的・普遍的な生産方式ではないのは明らかです。

TOCが提唱するDBRはどうでしょうか?ことの始まりは、「計画通り生産できない。どうしたらいいか」という知人である経営者からの相談でした。それを受けたゴールドラットは、 「ボトルネックが生産ラインの能力を決めている」という特性に注目し、それをベースにOPTというスケジューリングソフトを開発し、 問題を解決しました。そしてDBRという生産方式へと発展させました。

「ボトルネックが生産ラインの能力を決めている」という特性を発見したのは一企業の生産ラインをみてのこと。一般的な生産ラインではボトルネックの特定は難しく、 従って生産ラインの能力を簡単に決めることはできません。「ボトルネックが生産ラインの能力を決めている」というのは一般的ではなく、個別的、特殊的な事例です。 それから引き出された規則・法則をベースにしているのがDBRですので、帰納的推論だということになります。

TPSもDBRも帰納的推論で導き出した理論をベースに体系化された生産方法である、と結論できます。実は、この論理ステップは演繹的です。つまり、 「帰納とは実際に観測された個別的、特殊的な事例から一般的・普遍的な規則・法則を見出すことである」が真であれば、 「一企業で観測された事例から見出された規則・法則をベースに体系化したTPSやDBRは帰納的である」も真である、と。

TPSもDBRも帰納的に体系化されたのであれば、TPSもDBRも蓋然的であると言えます。蓋然的であるとはどういうことか、といいますと、 TPSやDBRを支える理論は、正しいこともあれば、正しくないこともある、ということです。言い換えれば、ある企業では正しいが、別の企業では正しくない。 さらには、ある企業ではうまくいくが、別の企業ではうまくいかない、ということになります。

1980年~90年ごろ、ネコも杓子もTPSだと叫んで、郵便事業や官公庁までもが取り入れたTPSでしたが、「トヨタを再現できたところは皆無に近い」といわれる結果になったのは、 必然的だったんでしょうね。その後1990年~2000年、DBRがブームになりましたが、 同じように一部の成功例だけで終わってしまいました。これも必然的だったわけです。

品質管理の分野は、少々、複雑です。シックスシグマと統計的品質管理を分けてみる必要があるように思います。

初めに統計的品質管理の話。粗悪だった戦後の日本製品の品質が改善され、やがてものづくり大国へと押し上げる原動力の一つは、 デミング博士らによって日本に紹介された統計的品質管理であったことは周知の通り。

統計学は非常に広い範囲で普遍的です。主テーマはバラツキ。バラツキは森羅万象いたるところに存在します。それを品質管理という領域で理論化、 体系化したのが統計的品質管理。つまり、統計的品質管理は演繹的に導き出されたということができます。 具体的な手法としては、検定、管理図法、抜き取り検査、実験計画法、分散分析などがあります。

演繹的に導き出された統計的品質管理の手法は、必然性が高かい、つまり、業種・業態によらずどのような企業においても、 普遍的であると考えられます。とは言っても、黙っていて企業組織に受入れら定着したわけではありません。組織的な動きも必要でした。 QCサークル活動が盛んになり、製造だけではなく設計、 営業など全社の品質改善活動TQCへと発展し、世界トップクラスの品質を支えることになります。

日本製品の品質の高さをみて、1980年代後米国モトローラ社が自社製品の品質レベル向上のために体系化したのがシックスシグマです。 その後GE(ゼネラル・エレクトリック)が全社改革手法として進化させ、今やシックスシグマはISOの規定となりました。

シックスシグマでは、統計的品質管理はそのまま受け継がれています。特徴は、VOCやCTQ等、新たな視点が強調され、 PDCAをDMAICに発展させ管理サイクルをより具体化したこと。教育を重要視し、チャンピョンやブラックベルトなどのタイトルを付与し、 役割分担を明確にしたこと、などです。簡単に言えば、シックスシグマは、TQCを発展させた、 全社的品質保証組織体系の標準パッケージであるといえるのではないかと思います。

この品質保証組織体系を支える理論がどの程度、広く、普遍的なのでしょうか。企業の規模は千差万別、しかもその組織は結構、頻繁に変わるものです。 シックスシグマが提供する品質保証組織体系パッケージに、合う会社もあれば合わない会社もあるのではないでしょうか。

モトローラ、GEなど、個別企業の事例を積み重ねで発展してきたこと、普遍的範囲はそれほど広くないことなどを考えると、 シックスシグマは、帰納的に展開されたとみることができると思います。

私事で恐縮ですが、振り返ってみれば、1970年代だったでしょうか、6ヶ月間の統計的品質管理のセミナーに通っていたのを思い出します。 先生は東北大の教授。当時統計学を教えることができるのは大学の先生だったんでしょうね。多くの企業から参加していました。

当時はものづくりに必要な基礎知識という位置付けだったように思います。職場に戻って、 管理図をつくってみたり、抜き取り検査表をつくったり、結構簡単に応用できて、重宝したものです。

品質管理の導入がうまくいった、とか、いかなかったという会話はあまりおぼえていません。組織的なものよりは知識の普及段階だったためかもしれません。 総じて、レベルの差はあったにしても、ほとんどの企業で活用されたのではないかと思います。

1990年代後半だったでしょうか、全社的にシックスシグマの導入が推進されていました。私も何回か講習を受けました。しかし、 統計的品質管理を勉強したときとは、かなり違っていました。使える知識ではないんです。 「こうしなきゃダメ、こうすべきだ、、、」といった内容ばかりで、ほとんど新鮮味はありませんでした。

シックスシグマを導入して、品質レベルは上ったかというと、少なくても私の周りでは、そのような実感はまったくありませんでした。全社的にはどうだったのかなー。 その後(2000年中ごろ)、下火になりましたので、全社的にも目に見える効果はなかったのではないかと思います。

帰納的、演繹的とい切り口で、TPS、DBR、シックスシグマ、統計的品質管理を概観してみました。この切り口で、他の手法や方式もみてみたくなりました。