PAGE TOP

No.12 基礎が貧弱な現代生産管理論

不安定

1970年~1980年の約20年間は右肩上がり、つくれ、つくれの時代でした。1990年代以降は海外展開、コストダウン、 在庫削減、生産性改善、、、といかに利益を上げるかに関心が移っていきました。

右肩上がりの時代はさほど感じなかったのですが、停滞の時代に入ってから常に感じていたことがあります。それは、生産管理では、そして生産現場ではなぜ、こんなにも不合理な、 非論理的な言動が横行しているのか、ということでした。2~3例を挙げてみましょう。

連日、残業をしている工程がありました。その工程の後ろには処理の終わった仕掛が山のようにあります。残業をしてまで作業をする必要があるのかなと思って、 担当者に聞いてみると、「毎日の生産計画を守るように厳命されているから」、と、、。

生産会議での一幕。
生産管理担当;「製品Aは売れ行きが低調で在庫が積みあがっているので、来月の生産はありません」
工場担当者;「この製品の生産がゼロになると、手空きになって、工場が赤字になってしまいます。何とかxx個だけでもつくらせてもらえませんか?」

「製品Bの生産リードタイムはどのぐらい?」
「2ヶ月です」
「これって、つくろうと思えば30分もかからないんじゃないの?」

生産管理の理論とは、いったいどうなってるんだ、と思いましたね。で、トヨタ生産方式が脚光をあびていましたので、徹底的に調べてみました。

私なりに解釈すると、トヨタ生産方式のコアの部分は、ザックリと言えば、平準化とタクトタイム(サイクルタイム)による同期生産じゃないかな、と。これは、 確かに、理に合っている。整然と流れるので、仕掛も少なく、生産も安定する。しかし、です。平準化ができなければ、どうするんですかぁ。ある期間、 つくるものを決めておかなければ平準化はできませんよ。つまり、 ある期間(1ヶ月とか)の生産計画を固定しなくてはならない、という条件がないとトヨタ生産方式は成り立たない、、、。

私の経験した生産環境もそうでしたが、途中で生産計画を変更せざるを得ない工場の方が多い。自動車産業は裾野の広いピラミッド構造。 途中で生産計画を変更しようものなら、大混乱に陥りますから、 生産計画を固定せざるを得ない。そういう条件でしかトヨタ生産方式は成り立たない、ということ、でしょ。

数年前、「一気通貫生産方式」とかいう話を聞きました。工程間の停滞をなくした緻密な生産計画を立案し、その通りに生産する。 生産リードタイムを劇的に短縮して、多品種少量生産環境での製造業の収益改善を図る、という狙いなそうで。字面は「ごもっとも」なんですが、 これの実用性はほとんどありません。なぜかって?「一気通貫生産方式」は設備、品質、労働、調達、計画の安定性が条件だといっておきならが、 多品種少量生産環境ではこの安定性が崩れる方向にあるわけです。 この矛盾を解消することこそが「鍵」でありますが、どこにも見当たらない。聞き飽きた“べき論”が並んでいるだけ。

S-DBR(シンプルファイド・ドラム・バッファー・ロープ)はTOC(制約理論)が提唱する生産方式。生産ラインの生産能力はボトルネックの能力で決まるので、 ボトルネック工程の稼働率を最大にするように計画し、管理する。これは、提唱者が物理学者だったこともあり、 生産ラインの特性の基本を捉え、従って、生産ラインを管理する一般解となりうるのではないか、と期待しました。しかし、、、

S-DBRはボトルネックが一箇所に固定されていないとダメ。現実は、ボトルネックは複数あり、動き回り、時にはどこがボトルネックか、 特定できないことも多々ある。ボトルネック以外の工程が故障したり材料が切れたりしたとき、その工程がボトルネックになり、 元のボトルネックはもはやボトルネックではなくなりますよね。ボトルネックが単独でボトルネック状態を維持することはできず、 周りの影響を受けるわけです。だから、ボトルネックが固定、という条件は狭い範囲でしか成立しないんです。

トヨタ生産方式、一気通貫生産方式、S-DBRの3つの生産方式を概観してみました。トヨタ生産方式に関する本は山ほどありますが、 平準化できない生産ラインの特性については何も書いてありません。S-DBの本にはボトルネックが動き回る生産ラインの特性がどうなるか、 何も書いてありません。で、現実の生産ラインは、ラインバランスはでこぼこで、生産計画は途中で何度も変更が繰返され、平準化なんかできない。 ボトルネックがどこにあるかさえ判らず、判ったとしても動き回る。このような生産ラインの振る舞いについてはどこにも書いてないんですね。

生産方式といえば、この他にもたくさんあります。トヨタ生産方式に類似したものとしては、ホンダ生産方式、日産生産方式、 リーン生産方式、かんばん生産方式、そしてセル生産方式、フォード生産方式、モジュール生産方式、、、、きりがありません。生産方式というのは、 その方式の断片的な特徴にちなんで勝手に名前が付けられるもののようです。どれも生産ラインの基本特性についての記述は皆無。

もうひとつ、生産理論をゆがめる大きな要因があります。それは原価計算に関することです。生産(製造)とコストダウンは極めて強固に結びついています。 コストダウンは生産現場だけではなく、企業全体の永遠のテーマでもあります。コストダウンがなぜ生産理論をゆがめてしまうのか、、、。

生産ラインの特性を考えてみましょう。主要な特性は生産率(単位時間当りの完成数量)とフロータイム(投入から完成までの時間)です。その他にもうひとつ、 重要な要素が工程仕掛です。この3つの要素はどれも物理量です。生産ラインの特性は物理現象ですから、物理量で理解するのが自然の流れです。

コスト(金額)はどうでしょうか? 金額は物理量ですか。違いますね。金額は経済的価値を表しているんじゃないですかね。 企業は利益を上げないと存続できませんので、企業経営にとってもっとも重要なことのひとつです。で、生産ラインの生産性も金額で表すことがよく行われています。 時間を金額に換算して。1分60円とか、1時間3600円とか。ある工程で処理時間が10分かかったとすると加工費は600円と計算します。 改善して8分に短縮すると加工費は480円となり120 円のコストダウン、という具合です。2分の加工時間の短縮を120円のコストダウンと表現する方が原価意識は強くなる、 とか言って、金額で改善度合いを表現することが一般的になっているんじゃないでしょうか。

この金額表示というのがくせ者なんですよ。なぜかというと、生産ラインの振る舞いは物理現象ですが、物理量を金額に換算すると、上記の例では時間を金額に換算すると、 そこで物理的関係が歪んでしまうわけです。さらに、金額換算した後で足したり引いたり、掛けたり割ったりするわけですから、歪みは増幅します。

生産ラインの特性をみるときは、金額換算してはダメ、なんです。生産ラインはあくまでも物理量で捉え、物理量で判断しなければならない。 但し、最終的には経済的価値で判断しなければならないことが多々ある。その場合、どこで金額変換するかが課題になります。 一例はTOC(制約理論)が提唱するスループット会計という考え方です。スループット会計あるいは物理量と金額の変換のあり方については別途言及したいと思いますが、 ここでは、生産ラインの特性を扱うときには金額換算をしてはいけない、ということを確認しておきたいと思います。

とりとめのない話になってしまいましたが、まとめると、トヨタ生産方式も一気通貫生産方式もS-DBRも、その他の生産方式も、 それぞれを支える生産理論は条件付きの部分的整合性を説明しているのであって、生産ラインの一般的特性をサポートする生産理論ではない、ということです。 現実の生産現場は特定の生産方式が要求する条件を満たさない場合が圧倒的に多いとなれば、それらの生産環境を支える生産理論はどこにあるのか。

生産現場を支える基本理論がなければ、現状を正しく認識し、それを共有することもできない。結果、生産現場は、立場、立場の主張をぶつけ合うだけの不合理、 非論理的な言動が跋扈する場と化す。