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No.11 動的生産管理のねらいと背景

道しるべ

動的生産管理開発の主テーマのひとつは、生産性と(需要)追従性をハイレベルで両立させる仕組みの構築ですが、生産管理の分野では、 このテーマは定番というか常連というか、永遠のテーマのひとつです。現場改善もFMS(フレキシブル生産システム)も、JITもDBRも、生産スケジューラーも情報システムも、 表に出たり裏に隠れたりはしますが、常に付きまとっている課題です。

このテーマに対してのこれまでのアプローチは、需要予測~基本生産計画~日程計画の管理サイクルに代表される現行の生産管理の仕組みを前提にしていることです。 学界、学会、企業からもこの類のテーマの論文は多数出ておりますが、いずれも同様なアプローチを取っております。つまり、現生産システムの部分改善を行っているという内容です。 多くの論文は部分改善の成果とともに今後の課題を挙げ、そちらがより重要だと付記して結ばれています。

動的生産管理(以下DPM)のアプローチは、従来とはかなり違います。まず問題領域をできるだけ広くとったことです。 時間軸で言えば大量生産が始まる19世紀初めから今日までの約200年、範囲では、業種・業態を問わず、生産全般です。 この範囲で実態を俯瞰しながら、奥底にある、生産性と追従性の両立を妨げる共通した原因は何かを探したわけです。

発見した原因は、実にありふれたことでした。生産性と追従性を高める過程で起きる具体的な方策や方針などの対立が原因であると。 こんなことは生産管理関係者なら、うすうす感じていたことだし、 論理的に分析するとこうだよと説明すれば、納得の程度はいろいろあっても、わかる話ではないかな、と思いました。

しかし、この分析結果を素直に受け入れていいのかどうか。個々の企業の問題ではなく、 ある時点の現象でもなく、広く捉えた製造業が抱える問題として捉えた上での結果だとすれば、 これまでの多くが前提としてきた生産管理の仕組みそのものも原因のひとつである可能性を示唆することになるからです。つまり、 現行の生産管理の仕組みそのものも改変の対象になりうることになります。

そうなると、本テーマは急激に重く、大きくなるわけです。長い間かかかって構築された現行の生産管理の仕組みを見直して、 新しい生産管理の仕組みをみつけるという内容に 切り替わったわけです。さらに困難だと思われることは、仮に新しい生産管理の仕組みを見つけることができたとしても、 現場で実行可能なのか、生産管理関係者に理解され受け入れられるのか、ということです。

本当にこんなテーマに取り組んでいいのか、迷いました。ズーット迷い続けてきたといったほうがいいかもしれません。 迷いながらも手がかりを探しました。論文の多くは、前述のように、現行生産管理の仕組みを前提にしていますので役に立ちません 。 もちろんトヨタ生産方式やDBRも徹底的に調べました。いくつかのヒントは見つかりました。 今回DPMの開発にも応用した部分は結構あります。

大きなヒントになったのは、待ち行列理論です。待ち行列理論の応用範囲は広く、生産システムの領域はほんの一部でしかありませんが、論文はいくつかありました。 ただ、手がかりになりそうなものはありませんでした。生産システムを待ち行列理論で詳細に分析した本 (題名Stochastic Models of Manufacturing System)がみつかりました。中身は難解な数式のオンパレードで、 実用的には役に立ちそうもありませんでしたが、論理的分析の光明が見えたように感じました。

さらなる手がかりを探しているうちに、あまり意識はしていませんでしたが、生産システムの根本原因に手を打つためには、 生産ラインの基本的なメカニズムを理解する必要がある、との認識に傾いていったように思います。 そんなときに見つけた本がFactory Physicsです。これは1990年にNorthwestern大学で始めたThe Master of Management in Manufacturing というプログラムに端を発しています。それまで生産システムに関しては、経験論的で、断片的で、論理的な説明もバラバラという状態でした。それではいけないということで、 生産システムの振る舞いを物理現象として捉え、その論理体系を構築しようという試みです。

生産技術、生産管理の領域では比較的新しい動きです。裏を返せば、生産ライン(システム) を物理現象として論理的に体系化する動きはごく最近のことだ、ということになります。

Factory Physicsは、中身は物理の本と同じように原理が中心ですので、直接役に立つ事項はなかったのですが、 生産ラインを物理現象として捉えることができるということがわかったことが大きな収穫でした。

生産ラインの物理現象を生産性と追従性の両立にどのように結びつけるかが次の課題です。そのためには、 生産ラインの生産性と追従性を決定する物理的なメカニズムを知る必要がでてきます。

で、具体的にとった手段はシミュレーションの利用です。使ったのは市販されている離散系シミュレータ SIMU8です。シミュレータによる解析を始めたのが2009年の9月です。 試行錯誤で解析データを蓄積する傍ら、 新しい生産管理の仕組みを少しずつ構築してきました。構築した仕組みが理に合っているかどうかの確認にもシミュレータを使いました。

分析しているときにわかったのですが、受注生産と見込み生産は、世の中ではその境がはっきりしないことが多いのですが、ロジックからみると分けて考えないとだめなんです。 ですからDPMでは受注生産と見込み生産は別の仕組みになっています。

ということで、愚書「需要変動にリアルタイムで追従する『動的生産管理』の仕組み」は工学的で技術的な色彩が強いと思います。 1章から4章までは導入部分で、文章での説明ですが、5章以降がメインテーマで、図表や式(簡単ですが)、 計算例、管理表(の例)などが多く、DPM用語が頻繁に出てきます。

DPMの出現で、これまでの生産管理用ソフトのあり方ががらりと変わることになるんじゃないかと思っています。2通りの動きが予想されます。 ひとつは現有のITシステムを使ってDPMを構築する方法。製番タイプの生産管理ソフトであれば流用は可能だと思います。もうひとつは、DPM用のソフトの開発です。 これはソフト開発メーカーが関心を持てば、の話ですが。DPMが出たからと いって既存のソフトが入れ替わるなんていうことは急には起きませんので、 ソフトメーカとしては両方を手がける、あるいは、既存のシステムにDPM機能を付加する、なども考えられます。

期待していることのひとつは、学界や学会がFactory Physics的な視点で生産管理を見直す動きに発展することです。現在のアプローチでは、 有効な答を引き出すことは無理だ、ということに気がついて方向転換してくれないかなと、、。 生産管理関係の学界、学会はコンサーバティブですので、あまり期待はできないかもしれませんが、、。

本書では触れませんでしたが、生産ラインの基本的なメカニズムを正しく把握すると、在庫管理の視点も変わってきます。 現在の在庫管理の考え方は、変動を考慮した適正在庫の設定と維持管理に重点が置かれていますが、生産ラインの特性はまったく考慮されていません。 もちろん在庫を供給するのは生産ラインだけではありませんが、多くの場合、生産ラインと在庫はつながっています。生産ラインと在庫をひとつのシステムとしてみると 、現在の在庫管理方法よりも良い、つまり抱える在庫が少なくて欠品の少ない管理方法が実現できることがわかりました。 (在庫管理の新しい考え方については「STICの定理」をご参照ください)

また、現場改善、コストダウンなどなどのあり方もこれまでとは異なってきます。どこをどう改善すると生産ラインの生産性、 追従性が改善されるかが予めわかりますので、効率の良い改善が可能になります。コストダウンも部分的なコストダウンではなく、 工場(企業)の利益に結びつくコストダウンとなると思います。改善業務の効率、改善効果が高まることが期待できると思います。

本書に紹介するDPMには、まだまだ付け加えるとことがあります。外注とのつなぎはどうすればいいのか、設計から始まる受注生産はどうするのか、 複数のオーダーが途中でひとつのオーダーに統合される場合はどうするのか、等々。徐々に付け加えていきたいと思います。

だらだらと書きましたが、私の思い(狙い)は、これまでの経験論的アプローチではなく、物理的、工学的生産理論を土台に、人を育てる現場の仕組みを乗せて、 新たなそして広範囲に応用できる日本式(発)生産方式を構築することです。それで製造業界が元気づくきっかけとなれば、と思っているところです。