世界中で、生産に携わる方なら「トヨタ生産方式」を知らない人はいないでしょう。今や、生産方式のスタンダード的存在になっています。
日本発の「トヨタ生産方式」。さぞかし、日本でも普及しているのか、と思いきや、そうでもありません。「トヨタ生産方式」の導入に成功した企業は、一時的、部分的も含めて、ごく少数。成功事例より失敗事例の方がはるかに多いのが実態ではないでしょうか。
「トヨタ生産方式」を一般の企業に導入しようとする最初の動きは、1980年代のNPS(ニュー・プロダクション・システム)だったでしょうか。1990年代にはPEC教育センター(現PEC協会)の指導の基、ソニーやNECでも「トヨタ生産方式」をベースにした生産革新が行われました。
導入方法は、かなり、粗っぽいものでした。トヨタ出身者や関係者が中心となり、製造現場に入り込み「トヨタのやっている通りにやれ」、と。大声を張り上げ、軍隊式でした。
多品種変量生産、見込・受注混合生産、そして生産計画はコロコロ変わる。行き当たりばったりのドタバタ生産の現場に「トヨタのやり方」を導入してもうまくいくはずはありません。
「トヨタでできていることがなぜできないのだ!」。「トヨタ生産方式」のコンサルタント諸氏は、トヨタのようにできないのは、その企業の管理レベルが低いからだ、と蔑(さげす)みます。
1990年代、バブル崩壊後、製造業だけではなく、郵政事業、電力会社、病院などなど、あらゆる組織に「トヨタ生産方式」の導入の動きが広がりました。「藁にもすがる思い」のなりふり構わない企業の姿に、先行きの見えない苦悩の色がにじんでいたのを思いだします。
「トヨタ生産方式」という良きお手本があっても、それを利用できない。
このジレンマに今も、挑戦は続いています。5S、なぜなぜ5回、7つのムダ・・・などなど、トヨタ語による生産現場の改善効果は大きいと思います。しかし、「トヨタ生産方式」の導入はうまくいかない。“トヨタ語の改善効果”と“「トヨタ生産方式」の実現”の間には大きなギャップがあるように感じられます。
世の中にはたくさんの「〇〇生産方式」があります。その中で「トヨタ生産方式」は別格。別格である一番の理由は、背後にある理論がしっかりしていることでしょう。そして「トヨタ生産方式」は実際稼働しています。ならば、「トヨタのようにやれば、トヨタ生産方式は実現する」はず。「トヨタ生産方式」のコンサルタントは、指導方法にはそれなりの自信があったのでしょう。
トヨタ語による現場改善効果はあっても、トヨタを再現することはできない。
どこに問題があるのでしょうか?
これまでの「トヨタ生産方式」の一般企業への展開を振り返ってみると、トヨタで成立している「トヨタ生産方式」をそのまま、他の一般企業に適用してきたのではないか。しかし、「トヨタ生産方式」が成立する条件を満たすことのできる一般の企業はごくわずか。結果、失敗事例の方がはるかに多い、、そんなふうになっているのではないか。
一般の企業でも「トヨタ生産方式」のメリットを享受することはできないのか?
発想を換えてみましょう。一般の企業のやり方を「トヨタ生産方式」に合わせるのではなく、一般の企業でも使えるように「トヨタ生産方式」を換えて(モディファイして)はどうか。「トヨタ生産方式」のメリットはできるだけ残して、、。
「トヨタ生産方式」の論理構造はしっかりしているので、モディファイも論理的に行いやすいかもしれない。
チャレンジしてみましょう!
一般の生産ラインに「トヨタ生産方式」を適用するとき、障害となる条件は何か。
それは、そう、“バラツキ”です。
“バラツキ”があると、“平準化”もできなければ“かんばん方式”もうまくいかない。「トヨタ生産方式」は成り立ちません。「トヨタ生産方式」の理論は、“バラツキ”はゼロか無視できる程度に小さい(少ない)条件で成り立っているからです。
“バラツキ”があっても「トヨタ生産方式」が成立するためには、、、これが具体的な課題になってきます。
この課題にチャレンジするためには、「トヨタ生産方式」を支える理論に“バラツキ”の要素を入れても成り立つように、拡張する必要があります。
“バラツキ”を許容すると「トヨタ生産方式」を支える理論のどこを拡張しなければならないか。
例えば、5工程の直列ラインがあります。どの工程も処理時間が1時間一定、投入時間間隔が1時間以上で一定だとすれば、投入から完成までのリードタイムは5時間。
ところが、処理時間や投入時間間隔にバラツキがあると、その平均が1時間でも、5時間以上かかるものが続出します。
5時間以上かかる、、、と言っても、5時間1分、5時間10分、、程度ならいいかもしれませんが、10時間だとか20時間だとなったら大変です。
実際、そんなことってあるのでしょうか。
あるんです! いや、20時間以上になることさえあります。この奇怪な現象、「トヨタ生産方式」では起こりませんし、考慮されてもいません。理由は、バラツキがないから(非常に小さいから)。
ところが、一般の生産ラインでは必ず起きる現象です。ですから、奇怪な現象というよりは、日常よくお目にかかる、ごくありふれた物理現象だ、ということです。
一般の生産ラインで「トヨタ生産方式」がうまくいかない理由は、この奇怪なというか、一般の生産ラインでは必ず起きる現象を考慮していないからです。
「トヨタ生産方式」は、“バラツキ”を排除することによってこの奇怪な現象の発生を抑え、生産ラインの能力を理論的には100%引き出すことを可能にしているわけです。“バラツキ”を許容したら、この忌まわしい現象は必ず出てきます。そして、「トヨタ生産方式」はその片鱗さえも残さず崩れてしまいます。
“バラツキ“を許容し、忌まわしき奇怪な現象が起きても、「トヨタ生産方式」の本来の狙いである最大の生産能力を発揮させる術(すべ)はあるのでしょうか。
かなりの難題ですね。うまい解決策が見つかるかどうかはわかりません。でも、チャレンジする価値は大きいと思います。
なぜかって?
生産管理・工場管理が抱える根本的・原理的共通問題だからです。