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No.103 事実は小説よりも奇・・いや、そのものなり

The Goal

ゴールドラット著、工場改善小説「ザ・ゴール」の巻末に「『ザ・ゴール』誕生の背景とその後」という後書があります。そこにこんなことが書いてあります。

・・・それまで我が子のように大切に育て誇りにしていたスケジューリング・ソフトが、パフォーマンス改善にとって障害になるのだと現実が証明してしまったのだ。『ザ・ゴール』を読み、その内容を実行しただけの工場のほうが、高いお金を払って我が社のスケジューリング・ソフトを採用したクライアントより高い成果を上げてしまったのだ。それもはるかに短い期間にである。・・・・

少し補足します。ゴールドラットが“大切に育て誇りにしていたスケジューリング・ソフト” (オプト)のスケジューリング方法は“ドラム・バッファー・ロープ(DBR)”と呼ばれる工程管理方法をベースとしたもので、その考え方は次のようなものです。

*生産ラインの能力を最大限引き出すためには、ボトルネック工程を100%の稼働率になるようにスケジュールし、それ以外の工程はスケジューリングする必要はない。

その理由は、“生産ラインの生産能力はボトルネック工程の能力で決まる”から。

スケジューリングの問題を抱えるMRPの問題解決にもなるし、ボトルネック工程だけをスケジューリングすればいいので簡単で且つ実行可能性が高いと考えていたゴールドラットにとって、“パフォーマンス改善にとって障害になる”となれば、穏やかではありません。これじゃ、オプトは売れませんね。でも、でも、その代り小説「ザ・ゴール」が300万部を超えるヒットとなった、、。

このはなし、どこか“作文的”なニオイがして、「ほんとかな?」と、軽く流しておりましたが、頭の片隅には残り続けました。

MRPの弱点を克服する動きはDBRだけではありませんでした。APS(Advanced Planning and Scheduling)です。生産スケジューラーの進化を目指して付けた名称なんでしょう。大雑把なスケジューリングしかできないMRPの弱点を補うために、秒単位まで詳細にスケジューリングができ、柔軟にスケジューリングの変更ができるとの期待から、次代の生産管理ツールとして脚光を浴びたわけです。

日本では2000年代に入り、APS/生産スケジューラのベンダーが増えました。大手ベンダーも取り扱うようになりました。

導入する企業も増えていきました。MRPをすでに導入している比較的大きな企業も、それまでエクセルを使っていた小企業も、、。

私事で恐縮ですが、私は30年近く、製造現場で過ごしてきました。その後も様々な企業の製造現場で改善のお手伝いをしてきました。ときどき思い出すのがゴールドラットの後書。それと私の経験が重なるのです。

生産管理における、生産計画~実行の特徴を1970年~1995年の25年間と、1996年~現在までの25年間に分けて、ザックリと振り返ってみます。

1970年代~1980年代は日本製造業の黄金期。右肩上がりでつくれば売れる時代でした。どのような生産管理システムだったのかは担当領域ではありませんでしたのでわかりませんが、現場で体験したことは、事業計画を基に、直近の需要や在庫、生産能力などをみて2~3カ月先の月次生産計画を調整し、翌月の生産計画を確定する、という方法でした。多分、MRP的なものを使っていたんじゃないかと思います。

すべての生産品目は、その月内でつくればよい、という計画です。毎日生産するものもあれば、1週間程度でつくり終わるものもあります。日ごとにどの品目を流すかは現場に任されていました。

月の前半は完成するものはほとんど、ありません。大部分のものは第4週目に完成します。月末の2日~3日は出荷で大騒ぎ。典型的な月末集中パターンです。計画以上つくると、よく頑張ったと褒められたものです。

もちろん時々特急品もありました。不良品を出してしまい、つくり直し、なんていうこともありました。こういうのは計画にはありません。計画を修正して、なんてことはやりません。現場で調整です。様々な変更・変動がありながらも、その月内に完成する、つまり、月末という納期に間に合わせて必要生産数量を達成することが生産現場の役割。

後半の25年は、様子がガラリと変わりました。右肩上がりのつくれ、つくれの時代から売れるモノしかつくってはだめだという時代に。大雑把な生産計画ではなく、詳細な生産スケジュールが必要だ、と考えるようになりました。APS/生産スケジューラを導入する企業も増えてきました。

APS/生産スケジューラの使い方は企業によっていろいろ、さまざま。MRPと組み合わせて使っているところもあれば、これまで使っていたエクセルから生産スケジューラに切り替えたという企業も。中にはDBRに対応したスケジューラを導入した企業もありました。

私が訪問した企業は中小企業が大部分。中には上場1部の大企業もありましたが、多品種生産のためか、中小企業の集まりという感じでした。

つくっているものはいろいろなんですが、こと生産計画・管理に関連するところではすごく似通っているんです。

APS/生産スケジューラをフルに使っている企業は、私の知る限り、1社もありませんでした。部屋の隅に放置され、まったく使っていない企業もありました。一応計画はスケジューラでつくることになっているのでつくっているが、実際は使われていないとか、大雑把な計画にしか使っていないとか、、。

APS/生産スケジューラを使いこなすのは至難のワザのようです。生産スケジューラを導入して逆に煩雑になったところも多く、スケジューラ・ベンダーの宣伝文句とはかけ離れた状況です。

MRPもAPS/生産スケジューラもうまく使えない。では、どうしているか。

まぁ、簡単に言いますと、人が調整しているんです。現場を仕切るベテランが。

朝礼でその日の生産品目を指示します。途中でトラブルが発生すれば、そこでてきぱきと指示を出します。特急品が入れば、現場の状況をみながら流す順序を指示します。完璧とは言えないが、まぁ、なんとか切り盛りしている、という状態ですが、現場を仕切るベテランがいなければ、惨憺たる状態になることは想像に難くありません。

1970年からの25年間と1995年からの25年間の生産管理・生産計画・スケジューリング等に関する状況をザックリとみてみました。

MRP的な大雑把な計画しかないのであれば細かな現場の指図は人間が行わなければなりません。詳細なスケジューリングを生成するAPS/生産スケジューラの登場で人間の役割は変わったか、、。いや、変わりませんでした。やっぱり、人間が、経験豊富な人間が現場を切り盛りしているんです。

『ザ・ゴール』を読み、その内容を実行しただけの工場のほうが、高いお金を払って我が社のスケジューリング・ソフトを採用したクライアントより高い成果を上げてしまったのだ。

というゴールドラットの後書と似ていませんか?

高価なAPS/生産スケジューラの指示に従って実行するより、経験則に基づくベテランの指示で実行したほうが高い成果が上がる。

事実は小説よりも奇なり・・いやいや、事実は小説そのものなり、、、。

事実の背後と小説の背後に共通の理があるのでは・・・。