“待ち時間”って、何が何を待つ時間?

前回はAsprovaとのメール交換の実録をお伝えしました。いかがでしたでしょうか。結構、正直ベースでお応え頂いたと思います。生産スケジューラベンダーの実態を垣間見ることができたのではないかな、と思います。

が、しかし、質問をさせていただいた側からすると、すれ違い、肩透かし、的外れ、、。フラストレーションがたまりました。これで、工場で生産管理を担当されている方々に正確な情報が伝わるのだろうか。生産スケジューラベンダーの宣伝文句とのギャップをどのように考えればいいのか。生産スケジューラベンダーが“誇大広告”を繰り返すのはなぜか、、。そもそも“誇大広告”と認識しているのだろうか、、。

そんな疑問に応えるために、Asprovaの回答をもう少し詳細に分析してみたいと思います。私の質問のポイントはいたって単純で、“待ち行列現象”による“待ち時間”をどのように認識し、処理しているか、です。

私の指摘を再掲します。

平均待ち時間=ρ/{μ・(1-ρ)}

ρは稼働率、μは単位時間での処理数(1/μは処理時間/個)
(投入時間間隔および処理時間/個は指数分布に従うとする)

稼働率が70%~80%付近から、平均待ち時間は急激に長くなる。処理時間/個が1時間で、90%の稼働率なら平均待ち時間は9時間、平均製造リードタイムは10時間となることを意味する。それにバラツキが加わるので、影響はさらに大きくなる。

もうひとつ、厄介なことは、多くの場合稼働率は70%より80%、80%より90%と高い方を狙うが、そうすると待ち時間が急激に長くなる不安定領域に入り、生産現場が混乱するきっかけとなる。生産性向上を狙い、稼働率を上げようとすると生産リードタイムが不安定になり、現場が混乱し、生産性が下がる。

これに対してのAsprovaの説明の要点をまとめてみます。

  • 待ち時間については平均稼働率の差が待ち時間として出て来る。
  • なのでネック工程を基準にバックワードでスケジュールするなどして待ち時間を削減するようにスケジュールする。
  • 待ち時間が発生する工程は全体のスループットを向上する要素にはならないのでスケジューラとしてはあまり着目していない。
  • 如何に生産効率を上げるかを重点に、ネック工程の効率化に着目してスケジュールする事が多い。待ち時間が発生する工程はスケジュールしないこともある。
  • スケジューラは作業指示を提示する事を目的としており、待ち時間があるような工程はネック工程からの手番をずらして作業指示を機械的に提示している例もある。
  • 「生産効率を上げる」ために「ネック工程の効率化に着目してスケジュール」し、「スケジューラで作業指示を提示する」。

私の指摘とAsprovaの応え、かみ合っていませんね。なぜなんでしょうか。それは、“待ち時間”の捉え方が違うからではないかと思います。私が指摘した“待ち時間”は工程がビジーであるとき、その前で処理の順番を待つワーク(オーダ、被処理物)の待ち時間です。Asprovaが説明する“待ち時間”は工程(作業者、機械、)が手空き状態でワークが流れてくるまで待つ“待ち時間”ではないか、と思います。

つまり、“ワークが待つ時間”と“工程が待つ時間”の違い。“ワークが待つ時間”が長くなると仕掛が増えてきます。“工程が待つ時間”が長くなると稼働率は低くなります。“ワークが待つ時間”が長くなると“工程が待つ時間”は短くなります。“工程が待つ時間”が長くなれば“ワークが待つ時間”は短くなります。

このような現象を説明しているのが「待ち行列理論」です。簡単に説明しておきましょう。簡単にするために、ひとつの工程とします。待ち行列現象による“1工程での平均待ち時間

は、近似式ですが、次のようになります。

1工程平均待ち時間
Tp・{ρ/(1-ρ)}・{(Cin2+Cp2)/2}—-(式1)

Tp;平均工程処理時間
ρ;平均稼働率
Cin;投入時間間隔の変動係数 (変動係数=標準偏差/平均)
Cp;処理時間の変動係数

私が指摘する“待ち時間”は、上記式の“平均待ち時間”です。Asprovaの説明にある“待ち時間”は稼働率に関係してきます。それを“手空き時間”としますと、平均稼働率;ρは次のようになります。

ρ=(総稼働時間-手空き時間)/総稼働時間

(式1)で、ちょっと、確かめてみましょう。

(ア)平均稼働率;ρが高くなると「平均待ち時間」は長くなる。

(イ)投入時間間隔や処理時間のバラツキ(Cin、Cp)が大きくなると「平均待ち時間」は長くなる。

(ウ)CinとCpがゼロのとき(投入時間間隔や処理時間のバラツキがゼロ)のとき、「待ち時間」は稼働率に関係なくゼロ。

Cinをゼロにする方法の具体的一例は、予め生産品目を決めておく「見込生産」です。(ウ)の具体例は、標準時間の設定、平準化、サイクルタイムでの同期生産を行う「トヨタ生産方式」です。工程仕掛(WIP)を一定とする「CONWIP」は投入制限がかかり、稼働率の上限を抑えていると解釈できます。

その他、Asprovaの説明で特徴的な部分を抜き出してみます。

  • 弊社のパッケージもまだまだ万能ではないので合う工場、合わない工場は存在する。一部の自動化でも効率化を実現できる工場などに導入している。
  • なかなかスケジュールで算出した作業指示通りに作業させるのは難しい。
  • 弊社は現実と理想の中間点でシステム化する事をお勧めしており100%を目指していない。従って、10%でも効果があればできると言っている面はある。

「生産スケジューラが使えるのは限られた条件下だけである」と言っているわけです。宣伝文句の内容とは異なることを認めているんですね。

生産スケジューラは万能ではなく、“限定的な条件でしか使えない”ことを吐露しながらも“なんとかうまく使いこなせないか”という努力の跡は随所にみられます。一方で、生産スケジューラの進歩はここ数十年、“ほとんどない”ことも認めています。根本的な改善のない生産スケジューラを何とか使いこなそうとする涙ぐましい努力は、日本の文化的一面かもしれません。

問題構造を理解しなければなりません。生産スケジューラは生産効率が最も高くなる最適なスケジュールを生成することだ、と。そのために、生産能力を決めるネック工程に着目し、稼働率100%を狙う。稼働率100%とは“手空き時間”がゼロ。なんの代償もなく“手空き時間”ゼロを達成できる条件は、投入時間間隔と処理時間(作業時間)が同じで、そのバラツキがゼロのときだけ。もちろん、多少のバラツキは許容されますが。

バラツキが大きくなるとどんな代償を払わなければならないか。それは、ワーク(オーダ、被加工物)の待ち時間です。つまり、工程の“手空き時間”とワークの“待ち時間”は、投入時間間隔や処理時間にバラツキがあれば必ず発生します。工程の“手空き時間”は稼働率に影響し、ワークの“待ち時間”は処理時間と加算され生産リードタイムを長くします。どちらも、生産ラインの特性を決める極めて重要な要素です。

この現象は、物理現象です。工程ごとに、どの工程でも、程度の差はあれ、起きます。

Asprovaは工程の“手空き時間”しか、認識していないようです。ワークの“待ち時間”について質問しても、返ってくるのは、工程の“手空き時間”の説明だけ。これは、Asprovaに限ったことではありません。Flexscheも似たり寄ったり。FlexscheのWebsiteのQ&Aにこんな説明があります。

Q&A;「待ち行列現象」による待ち時間を分析できますか?

・・・・そもそも製造業においては上流工程も制御(あるいは統制)対象であり、工程間に発生する待ち時間は、銀行の窓口等に発生する行列とは性質が異なります。

・・・・・

銀行の窓口等で発生する行列と生産ラインの各工程で発生する仕掛の行列は、どちらも「待ち行列理論」で同じように記述できることをご存知ないようですね。生産ラインの特性を「待ち行列理論」で解析した書がありますので紹介しておきます。

Stochastic Models of Manufacturing Systems
著者 John A.Buzacott (York University)、
J.George Shanthikumar (University of California, Berkeley)

1990年代、米国でも数多の生産スケジューラベンダーがありましたが、そのパッケージはMRPの下位モジュールとしてしか使えないと判断され、ERPベンダー等に吸収され、2000年代に入ると次々と姿を消していきました。

「生産スケジューラは万能ではなく、“限定的な条件でしか使えない”」 と吐露した Asprova。米国で起きたことは、いずれは日本でも起きるのではないか、と思いませんか。もしかすると、「いやそんなことはない。起死回生の奇策があるはずだ」と高をくくっているのでしょうか。

今、生産スケジューラベンダーがやらなければならないことは、美辞麗句の誇大宣伝をすることではなく、生産効率だけしか見ない、つまり、“工程の手空き時間”しか視ない“独眼思考”から、“工程の手空き時間”と“ワークの待ち時間”を同時に視る“複眼思考”に切り替えることです。そうすれば、“限定的な条件でしか使えない”というAsprovaが吐露する実態は、必然的に起きる物理現象だ、と気が付くはずです。

AsprovaもFlexshceも、美辞麗句の夢の中でご就寝中。めざましの音は聞こえないようです。

早く起きないと “DX号” に乗り遅れますよ~・・・


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