東大にも論文の書き方がわからない教授がいたのかぁ~

前回は、「設計情報転写論」を論文としてみて、下記に示す三つの論文成立要件を挙げ、先ずは、①の新規性について考察してみました。

① 新規性があるか。

② 科学的、客観的に得られ、その信憑性を第三者が確認できるデータに基づいて考察されているか。

③ 結論に導く論理展開(論理ステップ)に疑義を生じるような飛躍はないか。

スッキリとはいきませんでしたが、新規性があるとすれば、次のようなことかな、、、と。

イ)ものづくりのプロセスを「設計情報の流れ」と捉えることで企業の競争力向上の新たな視座を提供する。

ロ)システムを流れる情報が止まることがなくなる可能性を示唆する。

ハ)一般の工場にトヨタ生産方式を導入するときの基準、指針を提供する。

イ)は巷での評価です。ロ)は、実現性は全く不明ですので、かなり無理強い感が、ハ)は「藤本隆宏のものづくり“考”」でみられる考え方に近いかな、という感じがします。

で、今回は、②と③について考えてみます。ただ、②と③は密接な関係があるので、まとめて次のようにしてみます。

第三者が確認できる科学的、客観的に得られたデータに基づいて考察された論理展開で結論が導き出されているか。

ということで、「設計情報転写論」がものづくり企業を「情報システム」と抽象化した論理的根拠は科学的・客観的なデータに基づいて考察されたのかどうか、を調べてみたいと思います。

1、「設計情報転写論」が企業を「情報システム」と捉えた背景は?

「設計情報転写論」とは藤本隆宏教授が1980年前半に思い付いたことを元に、その後の調査・研究等で得た知見を織り込み、

ものづくり企業の設計→生産→販売にいたる一連の流れを「設計情報が媒体に転写されていくプロセス」と抽象化

して構築した理論です。この理論、ここで止まっていれば、「あ、そう」で済むんですが、、。

実際は、この理論に依拠して、ものづくり企業を「情報システム」として捉え、それをベースに、生産現場の改善とか、生産管理の在り方や競争力向上などに資する視点を提供する、と主張しています。まとめますと、次のような感じでしょうか。

ものづくり企業の設計→生産→販売にいたる流れを「情報システム」と捉え、分析することで、企業の生産性向上や競争力の強化の指針を示すことができる。

このような結論にいたる論理展開の正当性について検討してみたいと思います。

2、「設計情報転写論」の抽象と捨象

一般的に理論を構築するときは、重要と考える特性に注目してモデル化しますが、その時、モデルを不必要に複雑にする要因を捨象(無視)するのが一般的です。

例えば、ある高さ;hから物体を落とすとき地上に落下するまでの時間;tは次の式で計算できるとしています。

ここでgは重力加速度で、物体が落下する速度が単位時間当たりどれだけ早くなるかを示していて、地上では9.8m/s2となっています。物体の質量に依存せず、すべての物体が同じ加速度で落下することが公知ですので、この式には落下させる物体の質量は含まれていません。ということは、砲丸投げの砲丸でも、バレーボールのボールでも・・・もしかして風船みたいなボールでも落下時間は同じ・・・ってことぉ。感覚的には、風船みたいなボールより砲丸のほうが早く落下するんじゃないの、と思う方は多いと思います。

これは、この式では空気の影響(浮力や風圧など)を無視(捨象)しているからです。もっと細かいことを言えば、地球が回転していることで遠心力が働き、赤道上と極地(南極、北極)ではgがわずかに異なります。

世の物理現象を記述(モデル化)するとき抽象と捨象は切り離せないことを確認しておきました。

3、「モノの側面」を捨象し、企業を「情報システム」と抽象化

「設計情報転写論」は企業の業務の流れを情報の流れと捉え、企業を「情報システム」と抽象化しました。そして捨象したのが「モノの側面」だ、と藤本教授は述べています。ここで「モノの側面」とはどのようなことかと考えてみれば、大きく捉えれば物理現象かな? もっと平たく言えば、大きさ(縦・横・高さ)と重さ(質量)、そして時間でしょうか。

確かに、「情報」って、大きさや重さはありませんね。ううん? でも情報って、「量」はありますね。ここで情報量は、本来は無次元ですが、慣習的に確率の逆数の桁数のそれを流用するんだそうで、、。こむずかしい話はさておいて、なじみのあるのはビットとかバイト。で、日常、何メガバイトとか何ギガバイトだとか、よく耳にします。

藤本教授は、生産ラインの流れはさまざまな物理的制約が絡み合い、複雑極まりないと感じていたのかもしれません。大きさも重さもない「情報」なら、物理的制約を考えなくてもいい。いや、むしろ、そんなもの(モノの側面)は無視(捨象)してしまえ、となるのはわからないでもありません。そのほうが生産システムの特徴が浮き彫りになり、理論の骨格も明確になりやすいと考えたのでしょう。

3.1、「情報」と「モノの側面」は関係ないのか

「設計情報転写論」の理論の基本枠は「モノの側面」、つまり物理的側面を捨象し、「生産システム」を「情報システム」と抽象化したことです。ここで確認しておきたいことは、「モノを製造する生産システム」から物理的側面を捨象(無視)しても生産システムの機能・性能等の記述に問題は生じないのか。生産システムにとって物理的側面は取るに足らないことなのか。生産システムを「情報システム」として扱ってその機能や性能を問題なく評価できるのか、、などを確認する必要があります。

ということで、「情報」と「モノの側面」、言い換えれば、物理的制約について考えてみます。

日常の必需品となったスマホ。スマホの使う時間が長くなれば情報量も多くなる。時間って物理量ですよね。同じ時間でも回線によって情報量は異なる。・・・ということは、「情報」は時間という物理量と密接な関係がありそうです。

歴史を振り返ってみましょう。19世紀の中頃、モールス信号が発明されて以来、電話、ラジオ・テレビ、インターネットなどの「情報システム」は通信技術により驚異的な発展をしました。具体的には真空管がトランジスター、IC(集積回路)、LSIへと、情報はアナログからデジタルへ、フロッピーやハードディスクはSSDへ、銅線が光ケーブルへ・・・と。「情報システム」は物理現象を科学技術で利用し、成り立っているといえます。

逆に見れば、「モノの側面」を捨象(無視)したら、どのように情報が伝達されるかがわからなくなりますので、「情報システム」は成り立たないことになります。

3.2、量子論の世界では、

しかし、待てよ。情報があらゆる物的条件を乗り越えて、無限の距離を瞬時に伝搬することはありえないのか。らしき事は、何万光年も離れている量子もつれ状態にある二つの粒子のうち、一方のスピン方向を観測すると、もう一方のスピン方向が瞬時に決まる、っていうはなし。皆さんもお聞きになったことがあるのではないでしょうか。この現象を利用したら瞬時に、無限の距離にある点まで情報を送れるのではないか。

巷では、量子コンピュータ、量子通信、量子テレポーテーションなんていう言葉をよく聞くようになっています。すべての物理的制約をすり抜けて、無限の距離を瞬時に情報を送れる「通信システム」が実現するのでは・・・革命が起こりそうな雰囲気さえ感じられます。

で、量子もつれに関する情報を調べてみました。遠く離れた二点間の片方を観測した瞬間、もう一方の状態も決まるという量子もつれ現象を情報通信に利用する試みは進行中です。

例えば具体的な応用事例としては、量子状態が観察されると変化する性質を利用して盗聴を検知する「量子鍵配送」があります。

しかし、これは観測した結果(状態が変化したという情報)を送っているのではなく、観測による波動関数の収縮によるものなんだそうです。粒子の状態というのは、観測するまでは“ここにいるかも、あそこにいるかも”という重ね合わせ状態で、それを確率的に示すのが波動関数。観測した瞬間、その波動関数は「ある一つの状態」にピタッと収縮。片方の粒子の状態が決まれば、もう一つの粒子の状態も決まる。状態の確定は同時に起きるようにみえるが、特殊相対性理論によれば、観察者の運動状態によって変わり、絶対的な時間順序は存在しないんだそうです。

量子の世界は不思議なことだらけ。しかし、情報が物理的制約に無関係に瞬時に伝わるなんていうことは、量子の世界でもあり得ない。これが、現在人類が理解している宇宙の姿です。

4、「設計情報転写論」の論理展開は破綻している

モールス信号の発明から今日までの、ほぼ2世紀にわたる「情報システム」の進化過程を概観してみました。「情報システム」は物理現象を利用した科学技術によって発展してきたことが確認できました。

「設計情報転写論」の結論的な狙いを確認しておきます。

ものづくり企業の設計→生産→販売にいたる流れを「情報システム」と捉え、分析することで、企業の生産性向上や競争力の強化の指針を示すことができる。

そして、次の問いを投げかけてみます。

第三者が確認できる科学的、客観的に得られたデータに基づいて考察された論理展開で結論が導き出されているか。

「第三者が確認できる科学的、客観的に得られたデータ」とは、前述したとおり、「情報システム」は例外なく「物理現象をベースにしているという実態」です。この実態に基づいて考察し、たどり着いたのが「設計情報転写論」ということです。

先に、世の現象をモデル化するとき抽象化される部分と捨象される部分があることを確認しました。「設計情報転写論」はものづくり企業を「情報システム」として抽象化しました。と同時に捨象したのが「モノの側面」です。「モノの側面」を物理現象と解せば、物理現象を捨象したことになります。

一方、「情報システム」は物理現象の組み合わせで成り立っていることを確認しました。最近は量子論も組み込まれるようになってきました。量子論関連技術で物理的制約を解消することが可能かどうかも、ザックリと調べてみましたが、解消どころかますます物理現象との関係が深くなっていくようです。

「設計情報転写論」は、物理的現象を捨象して、ものづくり企業を「情報システム」と抽象化しました。ここに実態(客観的事実)に反した致命的な考察ミスが確認されますので、論文として成立していないことは明らかです。

5、「設計情報転写論」の新規性を見直してみる

初めに「設計情報転写論」にはどのような新規性があるか、考察してみました。3点挙げました。

イ)ものづくりのプロセスを「設計情報の流れ」と捉えることで企業の競争力向上の新たな視座を提供する。

ロ)システムを流れる情報が止まることがなくなる可能性を示唆する。

ハ)一般の工場にトヨタ生産方式を導入するときの基準、指針を提供する。

イ)はどうでしょうか? ここで「設計情報転写論」の適用領域を確認しておきます。適用領域はものづくり企業です。ここでいう「情報システム」は必ず「生産システム」を含むことになります。物理的制約が幾重にも折り重なる「生産システム」で、物理現象を無視して「企業の競争力向上の新たな視座を提供する」ことができるでしょうか?「情報システム」の物理的・技術的基盤を無視して、そんなことできるはずはありません。

藤本教授は「設計情報転写論」は製造業だけではなく、サービス業や農業など広い分野に適用できると主張します。(藤本隆宏のものづくり“考”)ではスーパーマーケットや京都の花街を例に説明しています。「設計情報転写論」がサービス業でも成り立つと考えたのは「モノの側面」を無視しているからかもしれません。サービスは物理的な製品とは異なり、大きさも重さもなし。だから物理的制約を無視してもかまわない、と。しかし、電話やラジオ・テレビ、インターネットなどの純粋な情報システムでさえ物理的基盤がないと機能しないのに、サービス業を情報システムとして記述・分析できるのか? サービス業の実態をみれば、サービスは様々な物理的技術基盤の上で機能していることはみてのとおり。そのようなサービス業が物理的制約を無視した「設計情報転写論」を適用できないことは明らかです。

百歩譲って、物理的制約が軽微な領域、あるいは考えなくてもいいような領域、例えば純粋な景気変動に対する企業の対応を「情報システム」の面から検討するなど、であったらどうでしょうか。確かに、物理的制約の影響が無視できる程度だとか、とりあえず無視して考えてもいい、という場合はあるでしょう。もしそうであれば、何らかの説明を記しておくべきです。

ロ)はもともと無理筋でしたが、やっぱり、ダメ。実現の可能性はゼロです。

ハ)は? これは少々、入り組んでいてわかりにくいところがあります。藤本教授の“ものづくり論”の背景というかベースになっている部分でもあり、彼の専門知識のレベルの低劣さを示しているところでもあります。核心部分でもあるので、もっと掘り下げてみたいと思いますが、紙面の都合もあり次回に回したいと思います。

6、東大に論文の書き方がわからない教授がいた

「設計情報転写論」は論文として、その成立要件を満たしているのかを概観してみました。

まとめますと、

本論は、ものづくり企業における管理レベル向上や競争力強化の新たな視座を提供するため、企業の設計→生産→販売の流れを、「モノの側面」を捨象し「情報システム」として抽象化しました。「モノの側面」を捨象した「情報システム」が、ものづくり企業の生産システムを実用的なレベルで再現できるとする本論の結論は、これまで存在したあらゆる「情報システム」の構成要素(客観的に得られたデータ)と矛盾し、「情報システム」としての要件を満たしていません。よって、本論文は論文の論理構成に致命的欠陥があり、論文として成立していません。サービス業への適用も主張していますが、「モノの側面」を無視した「情報システム」で実態を正しく記述することは不可能です。

ちょっとした驚きは・・・


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