藤本隆宏教授の「設計情報転写論」;新規性はあるか、

ものづくり改善ネットワークの(藤本隆宏のものづくり“考”)の内容があまりにもマトハズレなので、彼の知識の背景が気になりだし、「生産システムの進化論」(藤本隆宏著、1997年)を読んでみました。彼の「ものづくり経営学の中心概念」は、「設計情報転写論」と「進化論アプローチ」。この二つの考え方を適用して、戦後のトヨタ生産システムの形成とその機能の維持・強化がどのような経緯で成し遂げられたのかを分析、論じたのが「生産システムの進化論」。前回と前々回のブログがその概要です。

その結論が、

「先行する条件からは予測や説明のできない発展過程」で出来上がったが、

それは、トヨタが「事後的な進化能力(能力構築能力)」を持っていたからである。

そして、、、

トヨタは”怪我の功名“で進化した。

進化能力の実態は”心構え“である。

・・・ということで、藤本隆宏教授が率いる「ものづくり改善ネットワーク」で繰り広げられる“ものづくり論”と、「生産システムの進化論」で述べられているそれとはほぼ同じであることを確認しました。

「設計情報転写論」を思い付いたのは1980年代の前半、「進化論」に至っては学生時代に行った水利慣行の調査がきっかけだというから1970年代後半。そして「生産システムの進化論」の出版が1997年。その後、2004年4月、戦後日本の製造企業が形成した「統合型ものづくり(生産・開発・購買)システム」の理論的・実証的研究を専門に行なうことを目的に、東京大学大学院経済学研究科にものづくり経営研究センター(センター長は藤本隆宏教授)が設立されました。(参照;東大・ものづくり経営研究センター設立) そこでは「ものづくりインストラクター養成スクール」の運営も行っていましたが、2022年からは藤本教授が中心となり設立した「ものづくり改善ネットワーク」に移管されました。

ザックリとみれば、藤本隆宏教授の「ものづくり論」は大学での水利慣行調査(1970年代後半)がきっかけとなり、自動車産業を中心とした調査研究、東大での研究、教職を通して現在(2025年11月)までの40年以上の間、「ものづくり経営学の中心概念」は「設計情報転写論」と「進化論アプローチ」だ、ということがわかります。

日本を代表する東京大学の教授であった藤本教授の仕事ぶりを時系列的に見れば「ものづくり経営学の中心概念」がどのようにして構築されたのか、より端的に言えばその概念の土台となっている、「設計情報転写論」という妄論がどのようにして形成されたのか、という切り口で見直してみたいと思います。

1、論文としての体裁は整っているか

今回は少し視点を変えて、彼の“ものづくり論”の土台である「設計情報転写論」を論文としてみた場合、基本的な体裁が整っているのか、論文としての基本条件をみたしているのか、といった辺りを斬ってみたいと思います。

先ず、論文の基本成立要件って?、と、つらつら考えてみると、なんといっても新規性があるかどうか、がわかりやすい。これは、経験的、感覚的に判断できる場合もあれば、一見新規性がないようにみえても、それによってさまざまな新技術の開発が可能になるというような場合もあり、かなりの幅があるようにも感じます。慎重な評価が必要でしょう。新規性は一般的には、過去の論文や現状(実態)を調べて判断します。

新規性があると判断されれば、考察は客観的、科学的に観察された事実に基づいて行われなければなりません。また、結論に至るステップは、科学的検証が可能な論理展開で説明され、そこで用いられるデータは客観的に再現性のあるものでなければなりません。まとめますと、

  • 新規性があるか。
  • 科学的、客観的に得られ、その信憑性を第三者が確認できるデータに基づいて考察されているか。
  • 結論に導く論理展開(論理ステップ)に疑義を生じるような飛躍がないこと。

という感じでしょうか。先ずは、新規性があるかどうか。

2、「設計情報転写論」の新規性とは

新規性を判断する時点は、「設計情報転写論」が記載されている「生産システムの進化論」の刊行が1997年ですから1990年中ごろ、と考えておきます。

2.1 巷では;ものづくり企業の競争力向上の新たな視点を提供と

「設計情報転写論」は、設計➡生産➡販売にいたる一連の流れを「設計情報が媒体に転写されていくプロセス」と抽象化し、「ものづくり企業」を「設計情報システム」と捉えます。

ものづくり企業の業務の流れを、設計情報を中心に据えることで、製品開発や生産の効率性、競争力を向上させる新たな視座を提供する、と巷では評価されています。さらに、ものづくり企業のみならず、サービス業や官公庁、エンターテイメントなどなど、あらゆる業種に適用ができることも評価されています。1990年中頃まで、これに類する提案はなかったので、新規性があると判断してもいいのではないか、と考えられます。

2.2 「情報システム」の視点から

「設計情報転写論」のもっとも顕著な特徴は、企業の業務の流れを「情報システム」と抽象化したことですので、「情報システム」をキーワードにして、世の実態や先行研究を調べてみることにします。

「情報」といえば、インターネット、テレビ、ラジオ、電話、電報、、手紙・新聞もはいるかな・・・と、いっぱいあります。

手紙や新聞は紙に文字や絵で表現した「情報」を載せて届け、流通させます。電話は空気を振動させた音声を電気信号に換え、受信側で空気の振動に戻して音声を届けます。ラジオは音声を電気信号に換え、それを電波に乗せて空間に拡散し不特定多数の受信者に届けます。テレビは音声だけではなく、映像も同時に送ります。そしてインターネットは音声も映像もデジタル信号に換え、ある単位(パケット)にまとめインターネット網を通じて情報のやり取りを行います。

「情報システム」の実態をもう少し詳しく観てみると

情報伝達技術の発展は、19世紀にモールス信号が発明されたのがきっかけだったようです。その後電話が発明され、20世紀初めに普及し始めました。電話が世に広がり出したときは、現在のように自動で接続されるのではなく、交換手が手作業で回線を繋いでいました。電話をかけたい人が受話器を上げると交換台につながり、交換手に接続先を告げて、相手の回線にプラグを差し込んでもらう、という仕組みです。電話の利用者が増えるにつれて、交換手につながるまでの待ち時間が長くなってきました。交換手や回線を増やせば費用がかかるが、顧客のニーズにも応えなければならない、という経営課題に直面しました。

この難問に数学的なアプローチで挑んだのがアーランです。アーランは1917年に発表した論文「確率計算と電話の会話における諸問題の解決」の中で、特定のサービスレベルを達成するために必要な回線数を計算するための公式を導き出しています。これが後に「アーランB式」や「アーランC式」として知られるようになり、待ち行列理論の基礎を築いた金字塔となります。「アーランB式」や「アーランC式」は、コールセンターの回線数やオペレータの人数の算出等に現在も使われています。

第二次世界大戦中に、軍事作戦の効率化を図るためにOR(Operations Research)が発展、その中で待ち行列理論は重要な一分野として体系化されました。戦後、待ち行列理論の応用範囲は、工場の生産ラインの設計や改善、交通渋滞の解析、銀行の窓口業務の効率化などに広がります。そして、コンピュータが登場すると、CPUでのジョブ処理、ネットワークにおけるパケット転送、データベースへのアクセス制御など、待ち行列モデルとして分析されるようになります。

工場管理、生産管理に注目すれば、20世紀初めのテーラーによる「科学的管理法」があげられます。科学的管理法は、作業量を決める課業管理、時間研究に基づく作業の標準化、作業の成果による賃金の配分など、主に労働者の作業効率を高める作業時間管理がメインテーマでした。

戦後、生産品種が爆発的に増加し、多品種・変種・変量生産環境になると、生産システムとしての生産性を決めるのは作業時間だけではなくなります。材料を投入してから完成までの生産リードタイムの短縮が課題となってきました。生産ラインの各工程間で発生するワークの待ち(滞留)時間のほうが、工程作業時間の数倍、数十倍長くなるケースが一般化してきたのです。その分析に利用されるようになったのが「待ち行列理論」。1980年代~1990年代、ORの領域で盛んに研究されるようになりました。

情報システムの基本要素

待ち行列理論は「情報システム」の生産性(効率)を理解するうえで重要な理論であることがわかります。もう一つ重要なことは、「情報システム」では最も重要な「情報伝達機能」は物理的なメカニズムが利用されていることです。電話で言えば、空気の振動を電気信号に変換する装置(マイク)、変換した電気信号を伝送する装置(アンプ、電線網)、電気信号を空気振動に変換する装置(スピーカ、イヤホーン)、そしてある人から遠くにいる別の人に電線をつなぐ装置(交換手、交換機)が必要です。これらはすべて様ざまな物理現象が関係しています。特に、電話普及の初めごろは回線のつなぎは交換手が行っていましたので、人的要因も入ってきます。

時代が進むにつれて手動交換→機械式交換機→電子交換機、そしてコンピュータによる情報処理となりそのスピードは天文学的倍数となっていますが、これは集積回路の高密度化に支えられていることは周知のとおりです。

つまり、「情報システム」そのものは物理現象の組み合わせで成り立っているということがわかります

電話回線網と生産システムの共通性

電話回線網(電話システム)の生産性を改善しようと考案された「待ち行列理論」は戦後、生産ラインの改善のための分析に応用されるようになります。それは電話システムも生産システムも共通のメカニズムを持っているからです。図1と図2にイメージを示します。

図1 電話システム

図2 生産システム

電話システムでの電話の入電(コール)と交換機は、生産システムでは材料(ワーク、被処理物)と工程に相当します。電話の交換手がビジーの時は電話をかけてきた人は待たなければなりません。工程がビジーの時はワークは工程前で待たなければなりません。メカニズムは同じです。ですから、生産システムにも「待ち行列理論」が適用できるわけです。

「設計情報転写論」が定義した「情報システム」は、

「設計情報転写論」では、「情報システム」をどのように定義したか、といいますと、「モノの側面」を捨象(無視)したわけです。といっても、「モノの側面」を物理的現象と解せば、すべての物理的現象を捨象したわけではありません。「生産システムの進化論」では、生産リードタイムは生産ライン投入から完成までの時間、転写時間は正味作業時間という定義はあります。ワークの待ち時間などその他の項目の具体的な定義はありません。

ワークの待ち時間が無視されるということは、電話システムでは、交換手がビジーの時は電話の掛け手が待たされる時間は無視されるということになります。

これをどう考えるか。ここでは、「設計情報転写論」の新規性がどこにあるかを調べていますので、ポジティブに考えたいと思います。としますと、電話の掛け手が電話交換で待つ時間は考慮されなくなり消えてなくなりますので、待つ必要がなくなる、あるいは流れる情報が止まることがなくなる、という解釈につながります。

「待つ必要がなくなる」ことをどうやって実現するの?・・ということは、ここでは考えません。「待つ必要がなくなる」という可能性がある、と考えます。・・・とすると、「モノの側面」を捨象した「設計情報転写論」は「すばらしい可能性」を秘めていることになり、それを「新規性」とみることができるのではないか。

2.3 トヨタ生産システムと「設計情報転写論」との関係でみると

「生産システムの進化論」での調査対象となったトヨタ生産システムと「設計情報転写論」との関係をみておきます。

藤本教授はトヨタの調査・研究も精力的に行っていたようです。トヨタ生産方式といえば、大野耐一。彼の著である「トヨタ生産方式」は1978年発売以来今も尚、トヨタ生産方式を知るためのバイブルとなっています。アマゾンの紹介文を引用します。

トヨタ生産システムでは「流れ」を重視しますが、その流れは「モノの流れ」です。しかし「設計情報転写論」の「流れ」は「情報の流れ」です。「モノ」の流れを「情報」の流れに換えたことによって「設計情報転写論」にポジティブな新規性は生まれるのでしょうか。

既述しましたように、「設計情報転写論」では工程の作業時間は計測されますが、工程前でワークが待つ時間は無視、つまり計測されません。

実は、トヨタ生産方式の最大の特徴はジャストインタイム。ジャストインタイムとは、工程で作業が始まるときにちょうどワークが流れてきて、ワークの待ち時間はなし、という状態。待ち時間がないのであれば、計測しなくてもいい、となります。ここで、トヨタ生産システムと「設計情報転写論」の接点が見えてきます。

電話システムでの電話掛け手の待ち時間を無視する「設計情報転写論」とは異なり、トヨタ生産システムの特徴であるジャストインタイムによるワークの待ち時間がほぼゼロという実態に「設計情報転写論」の待ち時間無視という考え方が、ピッタシと合います。

となると、再現すること(マネすること)は非常に難しいといわれるトヨタ生産方式を記述、計測、分析するために「設計情報転写論」はこれまでにない威力を発揮するのではないかという期待が生まれてきます。

これまでのトヨタ生産方式に関する情報の発信源はトヨタでした。トヨタ生産方式を指導するコンサルタントの多くは、トヨタのやり方はこうだ、うまくいかないのはやり方が悪いからだ、、と一方通行的。導入する側の企業の状況は千差万別。個々の企業の環境にあわせた導入方法があれば、と思う人は多いのではないでしょうか。

「設計情報転写論」ではワークの待ち時間を考慮しない、とは・・・つまり、自社の生産ラインにトヨタ生産方式を導入した場合の状態を「設計情報転写論」で再現、分析できるかもしれない。それと現実を比較すれば、どこに大きなズレ(問題)があるかは一目瞭然。「設計情報転写論」はそのような分析方法を提供する、という期待は「新規性」だと考えてもいいのではないでしょうか。

3、「設計情報転写論」の新規性;まとめ

「設計情報転写論」の新規性について考察しました。まとめますと、

  • ものづくりのプロセスを「設計情報の流れ」と捉えることで企業の競争力向上の新たな視座を提供する。
  • 情報システムを流れる情報の流れが止まることがなくなる可能性を提供する。
  • 一般の工場にトヨタ生産方式を導入するときの指針を提供する。

となります。但し、これらが正しいかどうか。論文の基本成立要件を確認しておきます。

  • 新規性があるか。
  • 科学的、客観的に得られ、その信憑性を第三者が確認できるデータに基づいて考察されているか。
  • 結論に導く論理展開(論理ステップ)に疑義を生じるような飛躍がないこと。

今回は①をみてみただけです。②と③が残っています。②や③で疑義があれば、今回確認した新規性も怪しくなるかもしれません。次回にまた・・・


投稿日

カテゴリー:

投稿者:

タグ: