「ものづくり改善ネットワーク」のカリキュラム

1、待ち行列現象

1.1 待ち行列現象が起きる現場、起きない現場

前回、前々回で、生産現場と医療現場の「流れ」は似ているが、建築現場とは大きな違いがある、という話をしました。

その正体は“待ち行列現象”です。建築現場では発生しない待ち行列現象が、生産現場では発生する。この待ち行列現象で生じる待ち時間が生産リードタイムを著しく長くして、「流れ」のスピードを低下させます。

では、生産現場ならどこでも待ち行列現象が発生するかというと、そうではありません。発生しない生産のやり方というか、方法、方式もあります。

ということで先ずは、生産現場を調べてみましょう。実際、生産現場ではいろいろな流し方をしています。流し方や生産方式の違いによって、待ち行列現象が起きるかどうかを調べる前に、それが起きるメカニズムを確認しておきます。

1.2 待ち行列現象が起きるメカニズム

待ち行列現象は、例えば、工場の生産ライン、工程、機械設備、人等(共用リソース)で多種類の製品(モノ)を多数つくるときに発現します。

リソースに材料が投入されモノができあがる過程で、リソースの稼働中(処理中)に次のモノが到着した時、そのモノはリソースの処理が終わるのを待たなければならない、という現象です。

現象;リソースに複数のモノが到着し、処理されるときにモノが待つ現象

   ポイント;共用リソース固定・モノ流動

待ち時間決定要素;

① リソースへの平均到着間隔とその変動係数(Sti)

② モノの平均処理時間とその変動係数(Stp)

 ③ 稼働率(ρ)=平均処理時間/平均到着間隔

2、生産現場をみてみる

先ず、生産現場を見ていきましょう。

2.1 トヨタ生産方式

待ち時間の近似式をみてわかるように、稼働率(ρ)が高くなり、投入間隔のバラツキ(Sti)や処理時間のバラツキ(Stp)が大きくなると待ち時間は指数関数的に長くなります。トヨタ生産方式では、生産性を高くするため、一般の企業に比べてかなり高いρを実現していますが、それは、Sti とStpを非常に小さく抑えることで、待ち行列現象の発現を抑えているからです。Just In Timeとは待ち時間を限りなくゼロに近づけることと同義で、トヨタ生産方式は待ち行列現象を極力起こさないようにした生産方式であると解釈できます。

待ち行列現象を抑制する具体的な方法の主なものは、

 *Sti縮小;平準化、サイクルタイム、同期生産

 *Stp縮小;標準時間管理、ムダの排除

 *バラツキ吸収;多能工、バトンタッチゾーン、標準手持ち、バッファー

指数関数的に長大化し、且つ不確定性の高い待ち時間の発現を排除することにより、生産ラインの特性はほぼ線形モデルで扱うことができるようになり、管理のレベルの向上に大きな役割を果たしていると考えられます。

2.2 見込生産・まとめ生産

この範疇に入る生産現場は多種多様であると思われますので、ここではMRPⅡ(Manufacturing Resource Planning)をベースに生産管理を行っている生産現場を対象とします。

大雑把にいえば、同一製品をまとめてつくるためSti、Stpが小さくなり、待ち行列現象は発生しますが軽微です。発生した待ち時間は、その他諸々のバラツキとともに統計的に処理され、次回以降の計画に反映されます。まとめづくりにより仕掛在庫が発生しますが、これは計測可能で、生産計画に反映することもできます。

ロットサイズを小さくすることで仕掛在庫を減らすことはできますが、生産の切り替えに伴う(段取り替え、搬送回数の増加等)負担も増え、生産リードタイムも長くなりますので、トレードオフの最適点を求めながら生産管理を行うことになります。

2.3 多品種変量・受注生産

受注生産といいながら、さまざまな理由で内示や受注確定前に生産を始める場合や同じ生産ライン(生産現場)で見込生産と受注生産を同時に行っているところもあります。ここではそのような生産現場も含みます。

このような現場はSti、Stpを小さくすることは困難で、また注文のタイミングにより稼働率のアップダウンが激しく、待ち行列現象が常時起きていると考えられます。

日本の製造企業をみたとき、中小企業のほとんどが多品種変量・受注生産に分類されるのではないかと考えられます。経済産業省 商工業実態基本調査によれば、日本の製造企業数は、規模別にみると中小企業が66万、大企業が4千となり、中小企業の割合は全国平均で99.5%であるとのこと。企業規模の大小で、正確に多品種変量・受注生産を区別することは多少乱暴ですが、日本の製造企業の大部分は多品種変量・受注生産環境にあるとみていいと思います。

3、プロジェクト管理

生産現場ではモノと呼びましたが、建築現場では不動産(家屋、マンション、、)がモノに相当します。不動産が定位置にあり、リソース(工事作業者、機械、、)が入れ代わり立ち代わり入り工事をする、つまり、「不動産(家屋)固定・リソース流動」を前提に計画され、それに沿ってリソースがあてがわれる、という構図です。待ち行列現象が発現する「リソース固定・モノ流動」とはおおよそ逆で、待ち行列現象は起きても軽微です。

不動産を産業財産に広げると、研究開発や商品設計なども同類と考えられます。研究開発や商品設計はタスクのネットワークで計画し、その計画に沿ってリソース(研究者、設計者、、)をあてがいます。産業財産は物理的な位置というよりは所有権者に所属することを“固定”と捉えて、モノ(産業財産)固定・リソース流動 に分類できるのではないか、と考えます。

このような形態をまとめて「プロジェクト管理型」と呼んでおきます。

プロジェクト管理型は巨大建造物(大型船、道路、橋、トンネル、ダム、、)、不動産(家屋、ビル、、)、産業財産(研究、開発、製品設計、ITシステム、都市開発、、)等を完成させるために計画を組み、それに沿ってリソースをあてがい実行する、という構図で、待ち行列現象は発生しても軽微で、通常は、ほとんど無視できる程度です。

4、その他の待ち行列現象のあれこれ

生産方式も分類の仕方によっていろいろあります。ライン生産方式、ロット生産方式、個別生産方式、あるいはセル生産方式や機能別生産方式等々。待ち行列現象が起きるかどうかは、

「リソース固定・モノ流動」を手掛かりに判断できるかと思います。

スーパーのレジにできる列、ATMの列、人気ラーメン店の列、、などは「待ち行列理論」で扱われておりますので、そちらをご参照頂きたいと思います。

待ち行列で思い出すのは、今年(2024年)正月早々、羽田で起きたJAL機と海保機の衝突事故。衝突したのは滑走路上。共用リソース固定(滑走路)・モノ流動(航空機)という構図は待ち行列現象が発現します。航空機が滑走路の脇で離陸許可の出るのを待つ列はお馴染みです。事故は、離陸許可が出たと思って滑走路に入ったことが原因のようです。

鉄道輸送なんかも、共用リソースが線路や駅、運行システムなど、流動するモノが列車、乗客、というパターンで、待ち行列現象が起きる可能性があるでしょう。ラッシュアワー時に前に電車がいて、駅でもないところで一時停車することがありますが、これは待ち行列現象です。但しラッシュアワー以外は、待ちの発生の頻度は非常に低いでしょう。それは運行時間のバラツキが小さいことや稼働率(実際の運行本数/線路の最大可能運行本数)が低く抑えられているためではないか、と考えられます。

道路も、共用リソースが道路、信号、流動するモノが自動車、バイクなど。こちらの方はかなり複雑になり、また車間距離などが関係してくるようで、待ち行列理論よりは「渋滞学」の方が正確な分析ができそうです。

5、まとめ

どのようなところで待ち行列現象が起きるか調べてみました。待ち行列現象の起きる現場は次のような環境の生産現場であると考えられます。

多品種少量、変量・受注生産(見込生産混合も含む)

多品種少量、変量・受注生産が当てはまる製造業の大部分は中小製造企業ではないかと考えられます。経済産業省 商工業実態基本調査によると、日本の中小の製造企業数は製造業全体の99.5%の66万社、大企業は4千社だそうです。

トヨタ生産方式やコンベヤー式の流れ生産、セル生産そしてMRPⅡ環境、建設・建築、橋や道路などのインフラ工事、研究開発・設計などの産業財産形成などでは待ち行列現象はほとんど気にしなくていいようですので、問題領域は絞られたと思います。

ものづくり改善ネットワーク」のカリキュラムをちょっと、覗いてみました。

一般企業の正味加工時間に対する生産リードタイムの比は、トヨタの10倍だ、と藤本教授は指摘します。重要なのは、「良い流れ」をつくることだ、と。改善の的は正しく射られているようです。

では、

一般企業の「流れ」が悪いのはなぜでしょうか?

一般企業の生産リードタイムが長いのはなぜでしょうか?

藤本教授の書籍、講演、動画をみる限り、「流れ」が悪い原因についての合理的な説明はどこにもありません。

ものづくり改善ネットワーク」のカリキュラムにはあるのでしょうか? あるいは、解決への具体的な方向は示されているのでしょうか?

ご存知の方がおられましたら、ご一報ください。


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