ほんとうに自分で見て、考えてそういっているのか、

藤本隆宏教授のプロフィールに、「専門は技術・生産管理、進化経済学。トヨタ生産方式をはじめとした製造業の生産管理方式の研究で知られる」、とあります。

藤本教授の書籍のいくつかをザっとみると、トヨタ生産方式の研究を精力的に行っている一方、製造業一般の生産管理方式も広く研究しているようです。

「現場から見上げる企業戦略論」ではものづくり産業全体を、擦り合わせ型と組み合わせ型、オープンとクローズドのアーキテクチャ、重さのある地上と重さのない上空それをつなぐ低空の三層構造などなど大枠で捉える一方、「現場の良い流れ」をキーワードに具体的な企業の取り組み、そしてトヨタ生産方式に関する事例やエピソードなどを交え、わかりやすく説明されています。

ちょっと、気になるところは、トヨタ生産方式と他の企業の区別がないというか、ひとまとめに扱っているところ、つまり、日本の製造企業というまとめになっているところです。ものづくり企業全体とバランスさせるとすると日本の製造企業という捉え方は合っています。が、ひっかかるところは、トヨタと一般企業をひっくるめているところでしょうか。

なぜ、そんなところが気になるかといいますと、トヨタ生産方式の導入がうまくいく例は、ごく限られているという私の経験からきています。成功事例もたくさん報告されていますが、その多くは限定的(場所、時間)で、トヨタに匹敵するかそれに近いレベルで導入できている企業はほとんどないからです。

「ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス」2000年3月号の「トヨタ生産方式の“遺伝子”を探る」にこんなくだりがあります。

「トヨタを再現できたメーカーは皆無である」とは、衝撃的でもあります。

“異業種にトヨタを導入する” NPS(ニュー・プロダクション・システム)という動きもありました。「電気製品や蒲鉾も自動車と同じ生産方式(トヨタ生産方式)で行えば、合理化が出来る」という考えのもとに、ウシオ電機、オイレス工業、紀文食品、、、などが中心となって、1980年代初めに発足しました。支援したのが、トヨタ生産方式生みの親、大野耐一氏とその弟子、鈴村喜久男氏。トヨタ直々の指導体制です。当時の日本を代表する日立、松下、トヨタを追い越すという目標もあったようです。

NPSは現在(2023年)も存続しています。それぞれの工場の現状を改善することはできても、トヨタに匹敵する企業に変身した企業はないようです。

1990年代初めのバブル崩壊後も、猫も杓子もJITだ、かんばんだ、とトヨタブームが起きましたが、やっぱし、第二のトヨタ生産方式は表れませんでした。

私自身も、バブル崩壊の後、山田日登志氏の指導の基、数年間トヨタ生産方式をベースにした生産改善活動に参加したことがあります。さまざまな体験をしましたが、中でも一番強い印象は、トヨタとその他の一般企業の生産方式のあいだには、ちょっとやそっとでは埋められない大きな隔たりがあるということです。

ですから、「現場から見上げる企業戦略論」で、トヨタもその他の一般企業もなんの区別もせずにひとまとめにしていることで、「見上げる」位置(考え方、基準、、)が曖昧というか、ピンとが合わなくなってしまうというか、そんな感じがするんです。

トヨタ生産方式については、専門家諸氏がさまざまな視点から研究し、独自の所見を述べられております。それらと並べるのははばかられますが、あえて愚見を申せば、トヨタ生産方式と一般企業の生産方式でもっとも異なることは、生産ラインの特性が線形か、非線形かではないかと思います。

但し書きを付しておきます。まとめ生産(ロット生産、MRPⅡで管理等)環境では実用的には線形と考えて良いと思います。滞留在庫は多くなりますが、その数量は把握(計算)できます。ただ、ロットサイズが小さくなってくると流れ生産の特性が強くなり、非線形特性となってきます。純粋なまとめ生産は線形ですが、ここでは、昨今の課題は変種・変量・変流にどのように対処するか、ですので、一般の生産ラインを非線形で代表させております。

藤本教授は、トヨタ生産方式も一般の生産方式も、生産ラインの特性は線形モデルだと考えているようです。

一般企業の生産ラインの特性は非線形モデルです。非線形となる特性の代表は、ある工程にワーク(被処理物)が到着する時間間隔とその工程での処理時間に対するワークの待つ時間長が非線形カーブとなる特性です。ここでは待ち行列現象と呼んでおきます。

ところが、トヨタ生産方式は、実用面からみれば、線形モデルと考えられます。理由は、トヨタ生産方式では待ち行列現象によるワークの待ち時間が非常に短く、実質的にほぼゼロとして扱えるからです。

トヨタ生産方式では生産計画が決まればサイクル・タイム、作業人数、かんばん枚数など生産現場の設定条件は四則演算で計算できるようになっています。ところが、一般企業の生産ラインは非線形ですので、稼働率が高くなれば待ち時間が急激に長くなり、リードタイムが長くなってしまいますが、どのぐらい長くなるか単純に計算できません。で、納期遅延が頻発し現場が混乱する大きな要因となります。

実は、トヨタ生産方式は線形モデルで扱えるということがトヨタ生産方式の最大の特徴ではないか、とさえ考えております。線形であることで、管理は非常に簡単になります。

待ち行列現象が伴う一般の生産ラインでは、工程への投入時間間隔と処理時間および両者の変動で発生するワークの待ち時間の平均は計算できますが、バラツキの分布形状を求める数理モデルがなく、簡単に計算することができません。シミュレーション等でなんとか予測してもその精度は低く、管理が非常に難しくなります。

トヨタ生産方式の導入がうまくいかない原因について藤本教授は次のように述べております。「現場から見上げる企業戦略論」から引用します。

ポイントをまとめますと、

① ものづくりシステムは社会に埋め込まれた存在であるという社会にたいする企業哲学を持つ

② 生産システム自体の思想・哲学―「近江商人の三方よし」を徹底する

③ テクニック(かんばん、一個流し、整流化、平準化、、)の導入

④ 「良い流れ」をつくる

の優先順が重要で、ここを間違えて表面的なトヨタシステム導入をやって失敗する企業が、国内にはそうとう多い、と藤本教授は主張します。

上記の①~④はトヨタ生産方式導入成功手順のようにもみえます。

「現場から見上げる企業戦略論」のねらいの重要な部分は、一般の生産ラインの非線形特性をどのように扱うのか、ではないかと思います。ひとつの答えがトヨタ生産方式の導入です。それがうまくいかないのは、上記の ① と ② の条件が整っていないから、ということでしょうか。逆に ① と ② の条件が整えばトヨタを再現できるのでしょうか。

一方、「トヨタを再現できたメーカーは皆無である」との認識も広く共有されています。一般企業にトヨタ生産方式を導入することが簡単ではないとなれば、一般の生産ラインの非線形特性に対してどのような策を打つのか。これに対しての言及がまったくないのです。藤本教授は生産ラインの最も基本的な特性である「稼働率vs待ち時間」の特性をまったく理解していないことが、的外れでお粗末な企業戦略論になった主な理由ではないのか、そんな思いが強く残ります。

「現場から見上げる企業戦略論」の「はじめに」にこんなフレーズがあります。

そして、

と読者に問いただす。そして、

現場に出向いて「今、どんなことにお困りですか?」と聞けば、

*納期遵守率が低い(生産リードタイムが長い)

*仕掛・在庫が多い

*生産予定の変更が多く、現場の混乱が常態化している

*・・・

といったことが含まれるはずです。現場や中小企業の実態調査を1000以上実施しながら、その背後に「待ち行列現象」があることに気付かないことってあるのだろうか? 技術・生産管理専門の藤本教授にお聞きしたい。

あなたは現場現物を見てそれをいっているのか、

他人の話を鵜呑みにしていないか、

ほんとうに自分で見て、考えてそういっているのか、

私も、

現場を見ない机上の実証学者が増えている

という藤本教授のご意見に賛同します。


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