“異業種にトヨタを導入”;NPSの挑戦と禍根

前回、前々回と最近のメディアの記事を取り上げ、愚見を述べさせていただきました。 “工場管理の8月号特集記事”は、生産ラインの最も基本的な特性を完全に無視して生産管理システム論を展開していることが根本的な問題ではないか、と。生産ラインの最も特徴的な特性は“待ち時間の跳ね上り”ですが、この特性が世の中で知られていないのかといえば、そうではありません。待ち行列理論ではお馴染みです。理論だけではなく、昼休みにできるATMの列、スーパーのレジの行列、ディズニーのアトラクションで並ぶ列、、など、日常生活でも、稼働率(負荷率)が高くなると行列が急激に長くなることはよく経験することです。行列が長くなれば待ち時間も長くなります。

もうひとつの記事、“トヨタ生産方式をマネしても成功しない”と題する記事です。トヨタ生産方式の導入に成功するかしないかは、“「いい仕事をしたい」という価値観の従業員がいるか、いないかだ”、と。これまでも似たような俗説は繰り返されていますので、「またか」という感じなんですが、大学の教授の主張なので、学生を通して稚拙な俗論が定着するのではないかと危惧するわけです。実は、この主張も生産ラインの基本的な特性、繰返しになりますが、“待ち時間の跳ね上り”を理解してないために起きる間違いなんです。トヨタ生産方式成立の条件は、この“待ち時間の跳ね上り”が起きない、起きても生産ラインに混乱を起こさない程度に抑える、“物理的”方策が組み込まれていることであって、“「いい仕事をしたい」という価値観の従業員がいるか、いないかだ”、なんていうのは、甚だしきお門違い。

注文がいっぱい来たら待ち行列が長くなり、納期が長くなる。誰でもわかる話なんですが、生産管理システムの解説で、この現象に言及されることはありません。トヨタ生産方式成立の条件に精神論的な理由が頻繁に取り上げられますが、生産ラインは物理現象ですよ。それがベースにあることに言及するコンサルタントは、ほぼ皆無。不思議ですね。どうしてなんでしょう。

ここで、少し、経験談をお話ししましょう。1990年代中頃だったでしょうか、バブルが崩壊し停滞の時代に突入した頃です。電機業界も不況の波に洗われ、生産を中国や東南アジアに移したり、それでも間に合わないと、いくつかの工場を閉鎖したり。ソニーも例外ではありません。“自由な発想”と“理”を重んじる社風に逆らって、PEC産業教育センター(現株式会社ペック協会)指導の生産革新が全社的に導入されました。生産革新は、トヨタ生産方式をベースにした改善活動ですから、“自由な発想”と“理”を重んじる社風に逆らって、という表現は分かりにくいかもしれません。トヨタとソニー。戦後日本の製造業の発展を牽引した企業の代表。違いよりも共通点の方が多い、という印象が強いんじゃないでしょうか。でも、トヨタ生産方式の導入となると、話がちょっと、違ってくるんです。

生産革新の改善日。山田先生(山田日登志)のお迎えです。工場の玄関前で工場幹部他課長、係長、班長、、らが長い列をつくり、大声で「よろしくお願しまーす」。ソニーの社長が工場訪問するときでも、そんなことはしたことありません。

改善活動が始まる前には、儀式があります。次の3つのことばを、あらん限りの声を出して叫ぶんです。

「今日こそ俺はやるぞー」

「やるぞー、やるぞー、やるぞー」

「やってみてから考えろー」

声が小さいと、「もういっか~い」。それでもだめだと、「声が小さ~い。もういっか~い」と、続く、、、。今では、ブラック企業と見間違えられそうですが、当時は世の中がみんな暗かったので、企業が少々暗くても目立たなかったのかな。ソニーも“ブラック”ぽかったんですね、当時は。かつての輝きは完全に失っていました。

トヨタで、こんなふうにやっているなんて聞いたことがありません。山田流トヨタ生産方式は、トヨタのトヨタ生産方式とは違うのか、、、ずーっと、疑問でした。山田日登志の座学講座も何回か聴講しました。トヨタ生産方式でおなじみの“単語”に交じって、 “レイゾウコ”とか“カイモノ”とか、“やる気”とか、山田“語”が混じりますが、この辺りまでは、まぁ、いいでしょう。が、生産管理の話になると、“生産計画に縛られるな”とか“コンピュータは取っ払え”とか、ちょっと過激になってきます。で、生産ラインの基本特性に関する説明は、“皆無”。

右肩上がりの時代の惰性で生産していましたので、どの工場も仕掛・在庫の山。声を大きく張り上げただけで、仕掛・在庫は瞬く間に減るんです。が、すぐに頭打ち。しばらくすると増加に転じます。計画と実際の生産との乖離問題は一向に改善されませんでした。今考えてみますと、山田流PECのトヨタ生産方式とトヨタのトヨタ生産方式とは、まるで別もの、だったんだなぁ~、、。

山田流PECの指導方法のルーツは、NPS(ニュー・プロダクション・システム)あたりにあるんじゃないかと思います。

「電気製品や蒲鉾も自動車と同じ生産方式(トヨタ生産方式)で行えば、合理化が出来る」

という考えのもとに、ウシオ電機、オイレス工業、紀文食品、、、などが中心となって、1980年代初めに発足したようです。 “異業種にトヨタを導入する”。支援したのが、トヨタ生産方式生みの親、大野耐一とその弟子、鈴村喜久男。トヨタ直々の指導体制です。当時の日本を代表する日立、松下、トヨタを追い越すという目標もあったようです。

NPSの指導の一端を「NPSの奇跡」(篠原薫著、東洋経済新報社、1985年10月発行)から引用してみたいと思います。

[210ページ]

社長すら面罵されるぐらいだから、NPS指導員の現場での指導は厳しい。たとえば、日本軽金属の蒲原工場を何度目かに訪れた鈴村実践委員長は、その巨体を揺るがして、真っ赤になって工場長はじめ現場の幹部を大声で怒鳴りつけた。「何だこれは。この仕掛の山は。この前来た時に、整理するようにいったのにどういうことだ!」というと同時に、仕掛の山を足で蹴飛ばした。蹴飛ばされた仕掛の山は音を立てて崩れ、床に散乱。しかも、鈴村はやにわにかぶっていたヘルメットを脱ぎ、これも力いっぱい床に叩きつけたのであった。工場長はじめ、幹部が真っ青になったのはいうまでもない。鈴村も、しばらく仁王立ちになったまま動かない。

鈴村喜久男はトヨタ在任中、このような指導をトヨタでもしてたのでしょうか。いやいや、トヨタの従業員は生産の何たるかを理解しているんで、大声を上げなくてもいい、のかな。トヨタでできていることが、なぜ他社ではできないのだ、と、鈴村の怒りはわからないでもありませんが、、。

NPSは“異業種にトヨタを導入する”過程で、トヨタ生産方式の外形的方法をほとんどそのまま導入しようとしたのではないでしょうか。特急注文が頻繁に舞い込み、生産計画は変更に変更が繰り返される。そんな環境で、かんばんだ、JITだ、、、というトヨタの方法が機能するはずがありません。そのギャップを乗り越えようとしてとったトヨタ出身者の指導方法は、「指導者の言うことは絶対」、「一方的な命令」、「軍隊式」、、、。

山田日登志は、トヨタの社員ではありません。中部生産性本部に席を置いていた時、大野耐一の弟子となり、トヨタ生産方式を学びました。鈴村が生粋のトヨタっ子であるのに対し、山田はトヨタの外にいてトヨタ生産方式を学んだ、という違いはありますが、山田流PECの指導方法もNPSのそれを受け継いでいるように思います。

玄関のお出迎え。天皇陛下じゃあるまいし。「今日こそ俺はやるぞー」「やるぞー、やるぞー、やるぞー」「やってみてから考えろー」。竹槍もって、第4次生産革命を迎えろというのでしょうか。

で、この“異業種にトヨタを導入する”試みはうまくいったんでしょうか。「トヨタ式最強の経営」(金田秀治、柴田昌治共著、日本経済新聞社、2001年6月発行)にこんなことが書いてあります

[31ページ]

トヨタ生産方式を教えるコンサルティング会社もあまたある。その改善方法の多くはパッケージ化されている。しかし、いくら出来合いのトヨタ生産方式を導入しても、本当に成功する企業はほとんど出てこない。現状のひどい生産システムを改善することにより、一時的に大きな効果を出すことはそれほど難しくないが、それ以上はよくならず、システムは古びていくばかりなのに、社員による自主的な改善活動は根づかずに終わってしまうことのほうがはるかに多い。

トヨタ生産方式が世界中でどのように導入されたかについて、ハーバード・ビジネス・スクールが四年間にわたって行った調査研究の結果が、1999年秋、『ハーバード・ビジネス・レビュー』に発表された。

題名は「トヨタ生産方式の遺伝子を探る」(H.ケント・ボウエン/スティーブン・スピア執筆、坂本義実訳『ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス』2000年3月号)である。この論文の中で、「トヨタは驚くほどオープンにそのノーハウを披露してきた。しかし不思議なことに、上手に再現できたメーカーは皆無である。数千という企業から数十万人ものマネジャーがトヨタの工場(もちろんアメリカも)を訪問したが、トヨタに匹敵するような成果を上げることはできなかった」と述べている。

つまり、“異業種にトヨタを導入する”狙いをもって、1980年初めに立ち上げられたNPS、当初は大企業集団に発展するのでは、との期待はあったが、20年後の結果は上記の通り。

で、この書のメッセージで見落としてはいけない部分は、“異業種にトヨタを導入”できない理由。筆者曰く、「トヨタ生産方式の真髄とは、システムを刻々と変化させ続けることにある」と。書の中には次のような言葉が繰り返されます。

  • 「自主的な常識はずれの改善活動」
  • 「日本的イノベーション方式」
  • 「変化し続けるトヨタのDNA」
  • 「キーワードは経営マインド」
  • 「進化する組織と変革型人材」
  • 「本気でやる気のある前向きな集団をつくる」、、、、

筆者の一人、金田秀治はトヨタ出身。トヨタ出身者がトヨタ生産方式をこのように語れば、トヨタの外の人間が異議を唱える余地はありません。トヨタ生産方式とは、経営論であり、人材育成論であり、精神論であり、、、という流れが定着していったのだと思います。

前回取り上げた「トヨタ生産方式をまねしても成功しない」(筆者;菅野 寛)という記事、

トヨタ生産方式が機能する前提条件は、従業員に「いい仕事をしたい」という価値観が浸透していること、だと。学生に教える大学教授もこの流れを定着させる役割を演じているわけです。

NPSの最大の功績は“異業種にトヨタを導入”できないことを証明したことではないかと思います。大事なのは、その理由を正しく理解して、次のステップに繋げていくことです。ところが、そこで、致命的な間違いが起こりました。その間違いを起こしたのが、トヨタ出身の指導者達(コンサルタント)。トヨタ生産方式を導入できないのは“経営”の問題だ、とぶち上げました。トヨタ生産方式に関して、トヨタ出身者の声に異論を発する御仁はおりません。そしてその後、トヨタ生産方式はトヨタの経営と不可分である、という風潮が定着したまま、今日に至っております。

前出の「トヨタ式最強の経営」にこんなことが書いてあります。

『ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス』2000年3月号から引用

さらに、「トヨタ生産方式の分析は、なぜこうも難しいのだろうか。それは訪問者たちが工場でみたトヨタ生産方式の本質を、そこで用いられているツールや手法と取り違えてしまうからだ」「トヨタ生産方式・・・・は過去50年にわたる努力によって自然と生まれてきた賜物と言える。それゆえ一度として文書化されたことはなく、トヨタの従業員ですら理路整然と説明できる人はいない。トヨタの従業員以外の人に、トヨタ生産方式がきわめて理解しにくいのはこのためである」と指摘している。

なるほど。トヨタ出身者がトヨタ生産方式を語るとき、“経営”というあいまいな、しかし、関心をひくキーワードに関連付けて、“ノンフィクション・ストーリー”を仕立て上げる、そんな姿が浮かび上がってきます。“トヨタの経営は特別なんだよ”というメッセージは、ブランドイメージを高める。トヨタの意図した戦略だとは思いませんが、こんな成り行きに異を唱える必要はありません。黙認し、ほくそ笑んでいるのではないでしょうか。

NPSが始めた“異業種にトヨタを導入する”挑戦は、生産ラインの物理特性を無視したことが失敗の要因であった、ことにも気づかず、その後、PECをはじめとして、“地獄のxx訓練”など、精神論面が強調されて、今尚、続いております。いや、しっかりと定着しているのかもしれません。もう、“生産ラインの基本特性”なんて話をはさむ隙間も見当たりません。 第4次産業革命がすでに始まっています。にもかかわらず、問題の本質に目を向けようとする気配は感じられません。日本、危うし!


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