藤本隆宏教授のものづくりに対する考え方を調べているうち、彼は生産ラインの物理特性を正しく理解していないことがわかりました。それが、些細な特性であれば問題ないのですが、、。しかしこれが、最も重要な、これを欠いたら生産ラインを正しく理解することができない決定的な特性だったら、どうでしょうか。
「技術・生産管理のプロセス分析」が専門と自称する藤本元東大教授。その教授が、生産ラインの特性を理解していない、なんていうことがありえるのか、、。にわかには信じられませんでした。
本人に何度かメールで聞いてみました。マトハズレの返答に「まさか、、」と思いながらも、切り口を換え幾度か質問をしてみました。繰り返すうちに「まさか、、」が「やっぱり、、」に代わり、信じがたいことが起きている・・・ことを実感しました。「技術・生産管理のプロセス分析」を専門とするこの元東大教授、生産ラインの最も重要で、最も基本的な特性をまったく、理解できていないんです。
しかし、、「なぜ?」という疑問は残ったまま。生産ラインの基本特性って、そんなまれな特性ではありません。ごくありふれた、日常生活で頻繁にみる現象なんです。スーパーのレジ、ATM、万博会場、少し前ですがコロナワクチン接種会場、、、などで見かける人々の列。同じ現象は生産ラインの各工程でも起きています。このブログでも繰返し、繰返し、、取り上げてきました。「待ち行列現象」と呼んでおります。生産リードタイムの大部分は、各工程前で処理を待つワーク(被処理物)の待ち時間です。
日常よく見る「待ち行列現象」ですから、当然、藤本教授もみているはず。「1000回以上現場に通った」、「工場2000拠点を視察した」と豪語する藤本教授です。工程間に乱雑に滞留する仕掛の挙動もみているはず。しかし、不規則に増減する仕掛が生産リードタイムにどのような影響を及ぼすか、「技術・生産管理のプロセス分析」が専門だと広言する藤本教授が言及することはまったくありません。感覚言語を多用したレトリックで、持論を自信満々に熱弁する。なぜこんなことが、、、。その背後に何があるのか、、、。
彼の思考回路というか、研究スタイルというか、を知る手掛かりは、藤本隆宏著「生産システムの進化論」(1997)にあるのではないか。正に彼の専門である「技術・生産管理のプロセス分析」を駆使してまとめ上げたと思われる著書です。
「生産システムの進化論」の「まえがき」にこんなことが書いてあります。一部抜粋してみます。
本書で描き出そうと試みたのは、進化論的な発想に基づく生産システムの分析である。・・・分析の対象としては、20世紀後半のわが国自動車産業、中でもとくにトヨタ自動車株式会社を取り上げた。・・・機能論と発生論とに分けて検討するのが、ここでの基本的なプランである。学問的な位置づけとしていえば、進化経済的な企業論、あるいは経営戦略論における経営資源・組織能力アプローチに、筆者の専門である技術・生産管理のプロセス分析をドッキングさせることが、本書のねらいである。
20世紀後半のトヨタ自動車を対象として、機能論と発生論とに分け、技術・生産管理のプロセス分析と進化論的発想に基づく生産システム分析をドッキングして、まとめ上げたのが「生産システムの進化論」だ、とのこと。
だとすれば、本書には、生産システムがいかにして進化してきたか、具体的にいえば、トヨタ生産方式がどのようにして出来上がり、進化してきたのかについて分析し、論じ、そして導き出した結論が記述されているはずです。彼が分析に使った論理的枠組みがわかれば、「待ち行列現象」をどのように理解しているのかを知ることができるかもしれません。
論理的枠組みで注目しておく必要があるのは「機能論」と「発生論」。
「発生論」
先ず「発生論」についてみてみます。「生産システムの進化論」のまえがきの続きをみてみます。
・・・学際研究は実調査と結びつくときはじめてパワーを発揮すると考える仲間数人で農村調査をやろうという話になった。・・・長野県と千葉県で水利慣行の調査を行った。・・・この実態調査では、「江戸時代から自生的に進化してきた水利システムの方が戦後に計画的に建設された事前合理的な水利システムよりも、長期的にみて水の配分という機能において優っているところがある」という事実に興味を持った。本書で繰返し強調される「創発過程」あるいは「意図せざる効果」といった概念は、この調査を通して実感されたものの延長線上にある。
ここで注目したいのは、
「戦後計画的に建設された水利システムよりも、江戸時代に自生的に進化した水利システムの機能が優っている」
という研究体験です。
「江戸時代の自生的水利システムの進化」過程の中に、「生産システムの進化」と共通するロジックというか、エッセンスみたいなものがあると考えたのでしょうか。「進化論的発想」のきっかけは、学生時代に行った「江戸時代の水利システム」の研究だったようです。そして「進化論的発想」とは、本書で繰返し強調される「創発過程」「意図せざる効果」という概念だと説明しています。
ここで、「創発過程」「意図せざる効果」とは、巷の辞書では次のように説明されています。
“生物進化の過程やシステムの発展過程において、先行する条件からは予測や説明のできない新しい特性や能力が生み出されること”
「機能論」
「機能論」については、p3~4に次のような説明があります。
「トヨタ的な開発・生産システムのもつ独自の組織能力がなんであるか、またそうした能力と競争力ファクター(市場で評価されるパラメータ)とがどのようなメカニズムで結びついているか」・・・本書では、製造企業の開発・生産活動の全体およびその細部を組織的な知識創造・情報伝達のプロセスとして記述する。
そしてp27には、
情報創造・処理システムの観点から製品の競争力と生産・開発システムを再定義してみるために・・・まず企業活動からモノの側面を捨象し、「情報」ないし「知識」という観点から企業の開発・生産・販売の諸活動を一貫的に捉え直してみる・・・。
企業を、開発した設計情報を生産プロセスで素材に転写し、製品として市場で販売する、という情報システムとして記述する、と説明しています。この考え方を藤本隆宏教授は「設計情報転写論」と呼んでいます。
簡単にまとめれば、本書は、
「トヨタ生産システム」を彼の提唱する「設計情報転写論」で「情報システム」として記述し、それが競争合理的なシステムとして事後合理的にいかにして形成されたのか、「創発プロセス」の視点で分析し、「生産システムの進化」の有り様を論じた書である、
とでもなるのでしょうか。で、結論は、と思い「終章」をのぞいてみると、次のような主旨にまとめています。
トヨタ的システムのような複雑極まる構造が、周到に練られた青写真に従っても、もっぱら事前合理的に構築できた、とは考えにくい。➡トヨタは事後合理的、怪我の功名で発生、進化した。しかし、進化能力の実態は、競争力に関して組織成員が共有するある種の「心構え」であろう。
「事後合理的」、「怪我の功名」そして「心構え」、、、。
なんじゃ、こりゃ。と思ってしまいます。「進化論」、「能力構築能力」、「企業を情報システムとして記述」・・・という斬新な語句をふんだんに織り交ぜ、導き出された結論が、、、これっ!
今回のテーマは、東大教授が生産ラインの最も重要で、最も基本的な「待ち行列現象」を知らずして「技術・生産管理のプロセス分析」が専門だと自称し、妄論をまき散らし続ける背景を探ることです。しかし、手掛かりとした「生産システムの進化論」を概観すれば、巧妙なレトリックに惑わされ、わかったような錯覚に陥るんじゃないか、なんて心配になってきます。対策は? 常識を保つことかな。
「生産システムの進化論」;常識では考えにくいことだらけ
「生産システムの進化論」を読めば、そちらこちらに、常識では考えにくいことがたくさん出てきます。主なものを三つぐらい、挙げておきます。
トヨタ生産方式は「先行する条件からは予測や説明のできない発展過程」で出来上がったが、それは、トヨタが「事後的な進化能力(能力構築能力)」を持っていたからだ、と論じています。「事後的な進化能力(能力構築能力)」を「怪我の功名」と言い換えたりしています。
トヨタ生産方式ほど、事前合理的な発展をしてきた生産方式はないんじゃないか、というのが常識じゃないでしょうか。
二つ目。著者の目的は「生産システムの分析」だったわけですが、「分析の対象として取り上げたのはトヨタ」の一企業。本書ではトヨタ以外の企業にも言及している部分はありますが、大部分はトヨタのはなし。「トヨタを再現できた企業は皆無」といわれるほど特異なトヨタ生産システムを世の中の一般的製造企業の生産システムと同類に分類できるのか。一般製造企業全体をトヨタ一企業で代表させていいのか。常識では考えづらいですね。
三つ目は、「設計情報転写論」をベースに企業の生産システムを「情報システム」として捉えていることです。「設計情報転写論」では実際、「待ち行列現象」と呼んでいる「モノの流れ現象」を完全に無視(捨象)しています。企業を「情報システム」として抽象化したことで、生産システムの実態(メカニズム、特性など)を正しく捉えられなくなりますが、それで生産性や生産リードタイムがどうのこうのっていうはなし、できますか? 常識では、もちろん、考えられません。
「技術・生産管理のプロセス分析」を専門とする東大教授が生産ラインの最も重要で、最も基本的な特性を無視し、「生産システムの進化論」を論じるという奇行に走ったのは何故か。
きちんと見ればもっとあると思うんですが、ザックリと見ただけでも、常識に反することが三つ。そして、その三つの内のどれかひとつだけでも「生産システムの進化論」の論理的枠組みを崩壊させてしまうほどの致命的欠陥。事は重大かつ深刻です。
次回、もう少し詳しく背景をみてみることにします。