「ものづくり改善ネットワーク」;マトハズレな “ものづくり考”

妄論「現場改善会計論」に、こともあろうに、賞を授与した学会があります。裏になにかありそうな きな臭さ がプンプン。“闇”の中を覗いてみたくなりますが、それは後回しにして、もっと深刻な問題を、、、

1、「ものづくり改善ネットワーク」の目的

ものづくり改善ネットワーク」という一般社団法人があります。以下は、ホームページにあるメッセージの抜粋です。

まとめますと、

  • ものづくり改善の指導者に知識共有の場所としくみを提供
  • 2005年度から東京大学ものづくり経営研究センターで主催してきた「ものづくりインストラクター養成スクール」を、2024年度から継承。
  • 「ものづくりシニア塾」などセミナー、研修の開催
  • 日本のものづくり現場の生産性向上

東京大学「ものづくりインストラクター養成スクール」を継承し、「ものづくり改善ネットワーク」を率いる藤本隆宏教授。「技術・生産管理、進化経済学。トヨタ生産方式をはじめとした製造業の生産管理方式の研究」が専門、と紹介されています。

藤本隆宏教授の「製造業の生産管理方式」を特徴付けるものは、彼の発案である「設計情報転写論」。「設計情報転写論」では、「生産プロセスとは、外部から購入された素材が、工程に分散配置された製品設計情報を次々に吸収して変形し、最終的に製品になる過程である」、と説きます。そして「設計情報転写論」をベースに「良い流れの実現」が“ものづくり”の最も重要な考え方である、と強調します。

ところが、その専門知識。怪しいのです。

学者は常に専門領域の研究を続けながら、新しい知見を加えたり修正したりして、完成度を高めていくことが期待されているはずです。

2、最近の「藤本隆宏の“ものづくり考”」の動画をチェック

ものづくり改善ネットワーク藤本隆宏の“ものづくり考”リードタイムと正味作業時間比率 と題する動画があります。2025年6月にアップされたようです。最近の藤本教授のものづくりに対する考え方をみてみたいと思います。

2.1、「設計情報転写論」でいう生産性と正味作業時間比率

「設計情報転写論」では発信側からみる生産性と受信側からみる正味作業時間比率があります。簡単に説明すると次のようになります。図1参照。

生産性=正味作業時間/働いている時間

   正味作業時間(発信);設計情報を原材料に転写している時間

正味作業時間比率=正味作業時間/生産リードタイム

   正味作業時間(受信);設計情報を受取っている時間

生産リードタイム;工程に材料が入ってきて製品として出ていくまでの時間

この動画のメインテーマは「リードタイムと正味作業時間比率~付加価値の受信時間比率」です。

図1 動画より

2.2、動画「リードタイムと正味作業時間比率」の要約

(以下をお読みになるのが面倒な方は、動画 リードタイムと正味作業時間比率 をご覧ください)

3、なんの進歩もない“ものづくり考”、、、

3.1 「設計情報転写論」・・・大きな落とし穴の口を開けたままで

この動画、14分足らずの紹介動画ですので、詳しいことはわからないんじゃないの、と思われるかもしれません。しかし「設計情報転写論」って、大胆に抽象化されているためか、理論自体はすごくシンプルなんです。

一般的にいえば、法則とか定理とか、、、はほとんどすべてが“抽象化”されています。例えばニュートン力学の運動法則では物体の質量は、その物体の大きさに関係なく、質点に集中するとしています。惑星の動きに応用するときは、地球も月も太陽も、大きさのない点として扱うわけです。つまり、大きさを無視する。無視することを捨象と呼んでいます。法則や定理などは「抽象化」されていると同時に、何かが「捨象」されている、ということになります。

法則や定理を使って現実の問題を解くとき、捨象の影響がどの程度あるのか、それを考慮する必要があります。捨象の影響が小さければ問題はありませんが、大きいときは間違った判断をすることになります。

「設計情報転写論」では「生産プロセスとは、製品設計情報が各工程で素材に転写され、最終的に製品になる過程である」と抽象化しています。その時、「モノの側面を捨象」(生産システムの進化論;1997、p27)しています。生産プロセスで「モノの側面」とは、「生産ラインの物理特性」。その中で顕著なのは「生産リードタイム」です。

藤本教授は「設計情報転写論」をベースに「良い流れの実現」を説きます。「良い流れ」とは、具体的には、投入から完成までの「生産リードタイム」で表されます。それが短ければ短いほど「良い流れ」ということになります。

「設計情報転写論」では「モノの側面」つまり「生産リードタイム」を捨象(無視)しておきながら「良い流れの実現」、つまり「生産リードタイム」の短縮を主張するのです。

では、生産プロセスの中で「生産リードタイム」という物理量はどの程度の影響力があるのか。情報転写過程で起きる物理特性としての「生産リードタイム」そのものが、相対的に、つまり、転写時間に対して影響のない程度に短ければ、物理特性を捨象したことは問題にならないでしょう。

しかし、現実の生産ラインをみれば、動画でも言及されているように、転写時間は生産リードタイムの0.05%とか、0.5%とか、、、。つまり、生産リードタイムの大部分は転写以外の時間だ、ということになります。では、それは何か。動画では工程間に滞留する仕掛だ、といいます。仕掛が滞留する原因は「管理方法(流し方)が悪いからだ」と。そこで、「トヨタを見習え」と繰り返し強調するわけです。これが藤本流 “ものづくり考” です。

3.2 トヨタ生産方式を再現できた企業は皆無

ところが、トヨタ生産方式(以下、TPS)って、簡単に再現できるものではありません。

「トヨタ式最強の経営」(金田秀治、柴田昌治共著、日本経済新聞社、2001年6月)にこんなことが書いてあります

日本の1990年代は、バブル崩壊が引き金となった停滞期。その時起きたのが“TPS詣で”。製造業だけではなく、ほぼ全産業の大企業も中小企業も、さらに郵便、官公庁、病院などまでもがJITだ、カンバンだ、と大騒ぎ。その中でTPSを再現できた企業が幾社あったのか。具体的なデータはないが、その時代、生産現場を走り回った私的経験でいえば、「ハーバード・ビジネス・レビュー」の報告に近い。TPS的考え方が普及して底上げ効果があったことは確かだが、TPSを再現できたといえる企業はごく僅か。

3.3 「ものづくり改善ネットワーク」のマトハズレな狙い

「ものづくり改善ネットワーク」の目的を確認してみます。

「製造現場での改善活動を指導する者に有用な知識を提供し、生産性向上に寄与する」

製造企業のすべてを対象にしているようです。見込生産の工場もあれば受注生産の工場もある。見込・受注生産混合の工場もある。一部上場の大企業もあれば中小企業もある。ちなみに、全製造企業数に占める中小製造企業数の割合は99.4%、常用雇用者数の割合は62%(中小企業庁2021年)である。

TPSが再現できる基本条件を確認してみます。

もっとも重要な条件は、「生産計画の固定」です。一般的には月次生産が多いので、この場合は月の途中で計画変更してはいけない、ということです。実際は資材の手配に2~3カ月かかる場合がありますので、その場合は計画をローリングしながら後続月の計画を調整します。

「生産計画を固定」して生産するとは、「受注生産」ではなく「見込生産」となります。

「生産計画を固定」できないと、平準化やサイクルタイムでの同期生産ができません。

日本の製造企業のなかで「生産計画を固定」できる企業は、どれぐらいあるでしょうか? 99.4%を占める中小製造企業の大部分は、変種・変量・受注生産。「生産計画固定」は極めて困難な状況にあるのではないでしょうか。

そういう企業を対象にして、つまり、「生産計画を固定」できない企業に向かって、「生産計画固定」を前提とするTPSをベースにした知識が、どのように有用で、生産性向上に寄与するのでしょうか。

「ものづくり改善ネットワーク」の目的;「製造現場での改善活動を指導する者に有用な知識を提供し、生産性向上に寄与する」 が、いかに、マトハズレで、無意味であることがお分かりになると思います。


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