現場改善会計論の成果三つを検証

前回は、現場改善会計論(GKC)の目的や論理的背景について、私なりに、まとめてみました。(参照;現場改善会計論の提唱―原価管理から余剰生産能力管理へ―) 今回は、矢橋ホールディングス(株)(以下、矢橋HD)で行われた「原価プロジェクト」でGKCが、どのような効果を発揮したかなどをみてみたいと思います。

先ず、GKCの狙いについて確認しておきます。

GKCの狙い

「現場改善をモノや情報の良い流れを実現すること」と定義し、それによって創り出された「余剰生産能力」の活用を支援する会計理論と具体的手法の開発。

注目したいのは、現場改善の定義を藤本教授の設計情報転写論に依拠して、「良い流れの実現」としている点です。論文から要点をまとめてみます。

1,事例;矢橋HD(株)での「原価プロジェクト」;要点まとめ

先ず、原価プロジェクト(原価PJ)が行われた矢橋HD(株)の子会社・矢橋林業(株)(以下,Y社)の概要について簡単に確認しておきます。

ここでは原価PJの三つの成果に注目して、その中身をのぞいてみたいと思います。

<注釈>この項目については、理解しにくい部分がありますので、必要な方は原文をご参照ください。

2, 会計PJの成果で浮かび上がる疑念

会計PJで三つの成果があったと主張しています。ひとつ目は邸別原価表の完成で、現場データにもとづく原価把握が可能となったこと。二つめは、1年間の改善効果額/月と改善効果額/月別・邸別を算出することで、改善効果の見える化が実現したとのこと。

「邸別原価表」は個別原価計算書のようです。

邸別原価表の数値を用いて、プレカット用機械設備の「頻発停止改善」を事例に、

月別頻発停止工数=(月別停止回数)×(30秒/回)×(実際作業者数)
月別ロス金額=(月別頻発停止工数)×(直接労務費レート/分)

の式で会計的効果を計算したところ、2021年4月から2022年3月の1年間の改善効果額は49,098円/月となり、平均38坪/邸として、月別・邸別の改善効果額は1,318円/邸・月が算出されたとのこと。関係する情報(売上高とか工程別直接労務費レート/分とか)が示されておりませんので、イマイチ、ピンときませんが、、。

会計PJ成果③:部門横断による余剰生産能力の活用 については、さらに不可解です。月別・邸別の改善効果額が1,318円/邸・月、邸別原価表を用いて算出された月別・邸別の直接労務費の実際低減額が13,077円/邸・月。約10倍の開きがあったことの要因として、

(Ⅰ)改善効果額算出の元データの正確性

(Ⅱ)頻発停止以外の改善効果額の可能性

の二点を挙げています。

と説明しています。現場データにもとづく原価把握が可能となった邸別原価表をみれば、どの工程で改善効果があったのか、わかるはず、ではないのでしょうか?

月別・邸別の改善効果額と実際低減額に約10倍の開きがある理由が(Ⅰ)と(Ⅱ)。少なくても(Ⅱ)の頻発停止以外の改善効果額については、具体的な金額を示せなければ、邸別原価表による実際原価の把握ができたとは言えないのではないでしょうか。

要因の説明が曖昧のまま、次のようなステップで結論に向かいます。

①現場力PJから改善効果の報告(改善の結果、余剰生産能力が発生)

②会計PJにより業績への影響を説明(実際の直接労務費の減少が大きい➡受注が減っているのではないか、ということか?)

③営業部門内で受注不足の懸念

④積極的営業活動により、新規顧客から受注獲得

これが、GKCが主張する

「余剰生産能力の活用による機会損失の解消」事例

だ、とのこと。

―原価管理から余剰生産能力管理へ―

という論文の副題にピッタリと合っているところに、気持ち悪ささえ感じます。

3, 現場改善会計論は使いものになるのか

この論文で初めに注目していたことは、現場改善の定義を、致命的欠陥を内在する藤本教授の設計情報転写論に依拠したことで、どのような不具合が生じているかを確かめることでした。しかし、その前に、

そして、次のような説明があります。

と言いながら、改善効果額と実際低減額に約10倍の開きがある要因については曖昧。受注件数が減ったとか、邸当りの坪数が減ったとか、邸の仕様が変わったとか、、なかったんでしょうか? 邸別原価表の完成により「現場データに基づいた実際原価」の把握が実現された、って、本当なんでしょうか?

巷では、邸別原価表のようなものは個別原価計算として知られ、一般的には原価計算基準に沿った方法で計算されるのではないかと思います。先ずは、衆知の個別原価計算がきちんとできているのかどうか、確認してみてはいかがでしょうか。

改善効果額と実際低減額に約10倍の開きがある理由をきちんと数値(時間値、アワーレート、配賦比率など)で説明できない邸別原価表なんて役に立ちませんね。

一般的には、部分の原価と全体の原価(製造原価報告書など)とはズレが生じる、という話はよく聞きます。賃率を管理する区分、作業と直接労務費の結びつき、共通費や間接部門費の配賦方法などが現実と合わないことなどが理由のようです。

当然、本論文の筆者も原価計算に関連する課題は熟知していると思いますが、まったく言及がないことが気になるところです。ほとんど無頓着で個別原価計算表を使っているようです。現場改善会計論の土台の脆弱性が、、、気になります。

設計情報転写論に依拠したことによる影響について調べているうち、ちょっと脱線して、個別原価計算と思われる邸別原価表の不備に目が行ってしまいました。設計情報転写論に関する話は次回に回したいと思います。


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