東大・ものづくり経営研究センター設立

文部科学省が推進する「21世紀COE(Center of Excellence)プログラム」の一環として、2004年4月、東京大学大学院経済学研究科にものづくり経営研究センターが設立された。センター長は藤本隆宏教授。

21世紀COEプログラムは、「大学の構造改革の方針」(2001年6月)に基づき、2002年から新たに開始された文部科学省の研究拠点形成等補助金事業である。日本の大学に世界最高水準の研究教育拠点を形成し、研究水準の向上と世界をリードする創造的な人材育成を図るため、重点的な支援を行うことを通じて、国際競争力のある個性輝く大学づくりを推進することを目的としている。

2008年10月からは、経済学研究科に「経営教育研究センター」が附属施設として設置、その傘下で「ものづくり経営研究コンソーシアム」と「ものづくりインストラクター養成スクール」を運営するという態勢に移行している。センター長は新宅純二郎教授(2021年度より)。

<センター設立の目的>

日本発の「ものづくりシステム」の国際的な研究拠点、とりわけ、戦後日本の製造企業が形成した「統合型ものづくり(生産・開発・購買)システム」の理論的・実証的研究を専門に行なう。21世紀の日本から世界へ向けた主体的な知的発信を行ないうる世界最高水準の研究拠点とする。

<基本目標>

「統合型ものづくりシステム」に関する知識の一般体系化を目指す。この知識に関する産業間移転、および海外発信を促進する。「統合型ものづくりシステム」が企業の競争力および収益力に結びつく過程の分析を進める。そのための、現場発の新たな産業観を提起する。

初代センター長;藤本隆宏教授の説明 抜粋

 本センターでは、「統合型ものづくりシステム」の研究を行っております。「統合型ものづくりシステム」とは、トヨタ生産方式や全社品質管理(TQC)に代表される、一部の戦後日本企業が構築した生産・開発・購買の仕組みのことで、20世紀後半のわが国が世界に向けて発信できた貴重な知的資産の一つです。学界においても、この領域の研究は日本人研究者の業績に対する国際的評価が既に高く、世界規模の研究者ネットワークも充実しています。

 ところが、この分野の学術研究を組織的に行うセンターが、なぜか肝心の日本には存在せず、したがって対外発信力も脆弱でした。その結果、近年における国際研究の停滞、生産性の企業間・産業間格差の根強い残存といった、産学両面の問題を抱えていました。

 こうした現状を変えるべく設立された本センターは、産学連携と国際連携を2大方針として、以下の4テーマを研究の柱とします。

(1)「統合型ものづくりシステム」を産業横断的な分析枠組によって形式知化する「一般体系化研究」

(2)競争力分析を充実させるために既存の産業分類を設計思想という観点から見直す「アーキテクチャ研究」

(3)MIT、ハーバード、フランス諸大学などと共同の競争力研究を拡充する「国際比較研究」

(4) 競争力を収益力に結び付ける「ブランド力・販売力研究」

 こうしたテーマの研究をすすめるため、経済学研究科の10人の教授・助教授に加えて、特任教員、特任研究員、研究・事務アシスタント、共同研究員などが、チームワークを発揮して「開かれたセンター」を目指します。

1990年代のバブル崩壊後の停滞は21世紀に入って終わる気配はない。「失われた10年」という言葉が流行ったのもこの頃である。大学の教育レベルの低下も問題視された。時代の流れでみれば、文部科学省の「21世紀COEプログラム」は必然的にみえる。

かつては製造大国といわれた日本。「失われた10年」の象徴でもあった“ものづくり産業”。日本最高峰の東京大学が主導する「ものづくり経営研究センター」の設立は時宜を得たものであり、期待も大きく膨らんだ。。

「ものづくり経営研究センター」の概要については既述の通りであるが、藤本隆宏教授(2021年~早稲田大学大学院経営管理研究科)のプロファイル的な紹介記事が東京大学のWebsiteにある。以下、主なところを引用する

Profile;藤本隆宏(ふじもと・たかひろ)

1979年東京大学経済学部経済学科卒業、同年三菱総合研究所入社、1989年ハーバード大学研究員、1990年東京大学経済学部助教授、1998年東京大学大学院経済学研究科教授、2004年ものづくり経営研究センターセンター長。トヨタ生産方式をはじめとした製造業の生産管理方式の研究で知られる。著書に『製品開発力』『生産システムの進化論―トヨタ自動車にみる組織能力と創発プロセス』『能力構築競争』『ものづくりからの復活』『ものづくり成長戦略』など多数。

藤本は調査を元に卒業論文「灌漑システムに関する組織論的考察」をまとめる。「現場で学んだ、意図せざる結果を伴う創発的な進化過程、つまり、必ずしも事前合理性を前提にしない事後的合理性という進化論的な発想は、私の調査研究者としてのベース」となり、その後の生産現場や産業の創発過程を捉える生産システム進化論、そして進化経済学に繋がった。

「広義のものづくりとは、製品の付加価値の流れを作ることであり、その付加価値は設計情報に宿る。生産とは設計情報の転写(設計情報を媒体すなわち直接材料に移転すること)であり、転写の速度・密度・精度で産業現場の競争力は決まる。この基本論理は、製造業にも非製造業にも通用します」。

人件費が高騰した中国は産業高度化のため米国と同様の技術集約モジュラー(標準部品を組み合わせて作る)国を目指した結果、米中の産業は補完関係から競合関係に変わり、米中技術摩擦となって現れる。潮目が変わった今、米中双方とアーキテクチャが補完的な日本の高度なインテグラル型製品(最適設計された部品を微妙に摺り合わせて作る製品)や部品は両国からの発注が増えてくるので、日本の企業や現場にも勝機はある。

デジタル化時代の今日、現場の能力構築はいよいよ重要となる。「東大のものづくり経営研究センターは、十数年続く産学連携の『ものづくり経営研究コンソーシアム』や自治体十数カ所と連携する『ものづくりインストラクタースクール』を、さらに継続・強化していきます」。

「市場に向かう良い設計の良い流れを作り、それによって買い手が喜び、売り手が儲かり、世間すなわち地域が安定する(雇用が守られる)という三方良し、を実現していくのが、広義のものづくりの本質と考えています」

4本の柱で最も注目したいのは、

(1)「統合型ものづくりシステム」を産業横断的な分析枠組によって形式知化する「一般体系化研究」

である。トヨタや日本を代表する優良企業が構築した知的資産を全産業に適用できるようにする、という狙いであろう。

これまでも「トヨタを異業種に」といったトヨタ生産方式を一般企業に普及させる動きは多数あった。ただ、どれも企業レベルの動きである。政府の後押しで教育機関が動くのは、初めてではないだろうか。

世界との連携を視野に、日本のトップ企業で蓄積された知的資産を全産業で利用可能となるように「一般体系化」しようとする壮大な「ものづくり経営研究センター」の活動を分析してみたい。


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