“専門家”よりも“現場の人”に聞け

“注文がいっぱい来ているときは、稼働率は高くなるがリードタイムも長くなる。注文が少ないときは、生産ラインはガラガラで稼働率は低くなるが、リードタイムは短くなる。”

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ものづくりドットコム

に登録されている“専門家”は、「工程がワークの到着を待つ時間」と「ワークが工程の空きを待つ時間」の区別がつかないようなんです。生産ラインの稼働率とリードタイムの関係を説明できないのも、むべなるかな。

しかし待てよ。注文がたくさん舞い込み、残業しても、休日出勤しても納期に間に合わなかったことや、注文が少なくなったとき稼働率を上げろと言われ、先々の納期のものを前倒しでつくったことなど、製造経験者なら誰しも経験したことだ。

もしかすると、製造現場の方が知っているのかもしれない。

エーワン精密という会社があります。創業者の梅原勝彦氏が下記の書を出版していますので、ご存知の方も多いのではないか、と思います。

  • 「経常利益率35%を37年間続ける町工場強さの理由」 日本実業出版社 2008/3/20
  • 「最強の20億円企業 エーワン精密の秘密」 日経BP 2008/11/1
  • 「日本で一番の待ち工場 エーワン精密の儲け続ける仕組み」 日本実業出版社 2011/2/26

10年以上前に出版された書ですが、エーワン精密の高利益体質は今でも健全のようで、ときどき雑誌等で取り上げられています。Webをググっていたら、おもしろい記事をみつけました。

「メディアを育てる経済記事批評」 鹿毛秀彦
2020年7月20日月曜日
「人も設備も過剰で『超短納期』」の説明が苦しい日経ビジネス

一部抜粋します。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

日経ビジネス7月20・27日合併号の特集「危機に強い ぽっちゃり企業」の中の「『余剰人員は悪』を疑え エーワン精密~人も設備も過剰で『超短納期』」という記事は理解に苦しむ内容だった。記事を見た上で具体的に指摘したい。

【日経ビジネスの記事】

<中略>

不況期でも設備量を「やや過剰」にしているのは、急な注文にも対応し、超短納期で製品を提供するのがエーワン精密の最大の強みだからだ。例えば、主力の「コレットチャック」という製品は、他社なら納入まで1〜2週間かかるが、エーワン精密なら早ければ翌日に納入できる。他社との競争で優位に立てるし、顧客とも対等な価格交渉が可能になる。

「もう少し価格を下げてもらえませんか」。顧客である売上高数千億円規模の大手企業の担当者が頼むと、エーワン精密の担当者はためらいなくこう言って電話を切った。「それはできません」

今から十数年前のこと。相手先の大手は、あの永守重信会長が率いる高成長企業の日本電産である。エーワン精密は、その値下げ要求に毅然とした態度を取った。

「短納期や品質など相手に与えられるメリットがあるから顧客は価値を認めてくれる」と梅原氏は言う。同社は不況期でも値下げには一切応じない姿勢を貫いてきた。

<中略>

同社は人員も「やや過剰」。不況期の人員整理は珍しくないが、エーワン精密の考え方は正反対だ。好況になって需要が戻ったときのために人員を抱えておく。さらに、約100人の従業員は全員が正社員である。「せっかく育てた社員たちを雇い続けなければ会社にとってマイナス」がエーワン精密流の考えなのだ。値下げをしない収益性の高さが雇用を守る“原資”となる。

好不況の波にも左右されず、どんなときにも柔軟に対応する「やや過剰」の経営がエーワン精密を支えている。

xxxxxxxxxxx

<中略>

(2)なぜ「超短納期」にできる?

人も設備も過剰で『超短納期』」というのは記事の柱だ。しかし「超短納期」を実現できる仕組がよく分からない。「他社なら納入まで1〜2週間かかるが、エーワン精密なら早ければ翌日に納入できる」のであれば、圧倒的な差だ。「人も設備も過剰」にすると、これを実現できるだろうか。

過剰」と言っても、あくまで「やや過剰」だ。「他社」の設備稼働率が100%だとしたら「エーワン精密」も90%程度はあるだろう。他の条件が同じだとして、なぜここまで「超短納期」にできるのか謎だ。

人も設備」も「やや過剰」にするだけで、これだけ圧倒的な差を付けられるならば「他社」も追随しそうなものだが…。

やや過剰」がどの程度の「過剰」なのか明確でないのも残念だった。できれば具体的な数値で示してほしい。

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この経済記事批評家の指摘のポイントは、

他社なら納入まで1〜2週間かかるが、エーワン精密なら早ければ翌日に納入できる」のであれば、圧倒的な差だ。「人も設備も過剰」にすると、これを実現できるだろうか。

さすが、経済記事批評家。この指摘は、鋭い。

ものづくりドットコム に群がる“専門家”達の中には誰もこのような疑問を呈している人はおりません。人、機械の「手空き時間」とワークの「待ち時間」の区別も付けられない方々ですから、疑問なんて浮かばないんでしょうね。

では、この経済記事批評家の疑問にお応えしましょう。

理屈は後回しにして、稼働率が高い場合と低い場合の生産リードタイムをシミュレーションで確かめてみます。エーワン精密の工程条件はわかりませんが、生産ラインの性質は共通です。工程処理時間合計や稼働率はエーワン精密の場合に近い数値を設定してみます。

生産ラインは5工程直列ラインとします。

1工程の処理時間は平均1.2時間、変動係数0.5のガンマ分布を使います。5工程は同じ処理能力とします。注文はランダムに舞い込むので、その時間間隔は指数分布を使います。

稼働率100%を目指す一般の企業の稼働率を97%、エーワン精密の稼働率は70%を維持している(日経ビジネスの記事から)とのことなので、65%とします。

稼働率が97%のときと65%のときの生産リードタイムがどのようになるか、シミュレーションしてみます。利用したシミュレーターはSIMUL8。

図1に稼働率が97%のときと、65%のときの生産リードタイムの分布を示します。

図1 稼働率97%、65%での生産リードタイム

稼働率65%のときの生産リードタイムの平均は約10時間、最長は23時間程度です。一方、稼働率が97%では生産リードタイムの平均は45時間程度で最長は75時間ぐらいになります。1日を8時間として日にちに直しますと、

*稼働率65%では、平均1日と2時間~最長で2日と7時間。

*稼働率97%では、平均が5日と5時間~最長は9日と3時間。1週間を5日とすると、平均で1週間と1日~最大で2週間

となります。

他社なら納入まで1〜2週間かかるが、エーワン精密なら早ければ翌日に納入できる

とだいたい合っているのではないでしょうか。

どちらも処理時間は1工程平均1.2時間で投入から完成まで正味処理時間は平均6時間でおなじです。違いは待ち時間です。待ち時間のシミュレーション結果を図2に示します。稼働率が高くなると待ち時間が長くなることがわかります。そして稼働率が高くなると生産リードタイムが長くなる原因は、待ち時間が長くなることだ、ということもわかります。

図2 稼働率97%、65%での待ち時間

図3は稼働率に対する平均生産リードタイムの関係を近似式で計算した結果を示しています。稼働率が高くなると、80%辺りから平均生産リードタイムが長くなり、90%を超えると急激に長くなります。これが稼働率と平均生産リードタイムの関係の特徴です。

稼働率が高くなると生産リードタイムが急激に長くなる。逆にみますと、稼働率を低くすると(人、設備を過剰にすると)生産リードタイムが急激に短くなる。

図3 稼働率と平均生産リードタイムとの関係(近似式で算出)

<まとめ>

[経済記事批評家の疑問]

エーワン精密~人も設備も過剰で『超短納期』」という記事は理解に苦しむ。

他社なら納まで1〜2週間かかるが、エーワン精密なら早ければ翌に納できる」のであれば、圧倒的な差だ。「人も設備も過剰」にすると、これを実現できるだろうか。

[検討結果]

「人も設備も過剰にすることで『超短納期』を実現している」とのエーワン精密の実情を伝える日経ビジネスの記事。定量的説明がなく、「ほんとうに実現できるのか?」と疑問が提起された。シミュレーションの結果は、記事の内容が事実であることを裏付けている。

シミュレーションの結果、稼働率65%のときの生産リードタイムの平均は約10時間、最長は23時間程度。一方、稼働率が97%では生産リードタイムの平均は45時間程度で最長は75時間ぐらい。1日を8時間、1週間を5日とすると、稼働率65%では1日と2時間、最長で2日と7時間。稼働率97%では平均で1週間と5時間、最大で1週間と4日、3時間となる。これは、日経ビジネスの記事の内容とほぼ同じ。

図3でわかるように、エーワン精密が基準としている稼働率70%付近は、生産リードタイムが比較的短く安定している。稼働率100%を目指している一般の企業は稼働率が80%以上の領域で稼働していると思われる。稼働率が80%ぐらいから生産リードタイムが長くなり始め、90%を超えるあたりからは急激に長くなり、しかも、バラツキが大きくなり不安定になる。

過剰な人、設備を抱えることにより、生産リードタイムが短く且つ安定した領域で生産を行う、というエーワン精密の戦略にはきちんとした論理的根拠があった。

詳細な説明は省略するが、この現象は「待ち行列理論」として知られ、スーパーのレジ、昼休み時のATMなどの人の行列、さらには電話、インターネットのトラフィックなど、身近で起きる現象の背後にある理論である。

エーワン精密の創業者の梅原勝彦氏がこの原理、理論を知っていたかどうかは不明。著書の中に該当する記述はみあたらない。

製造経験者なら誰でも経験する「稼働率」と「生産リードタイム」のジレンマ。「生産性向上」=「稼働率を高くする」、という呪縛の虚に気付き、「稼働率70%が最適だ」と導き出したのは、氏の「経験則」からではないだろうか。

生産現場で起きる様々な日常茶飯が蓄積され、醸し出された「経験則」は貴重である。原理、理論を知らなくても、実用的な“Good Answer”にはたどり着ける。日本の製造業の現場は、意外と、こんな「経験則」で支えられているのかもしれない。書籍・Web等から得た情報をパッチワーク的にコピペして作る“専門家の能書き”よりは、はるかに有用な情報資源であることは確かだ。

“専門家”よりも“現場の人”に聞け!


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